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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
【1】女の友人と仲違いした話 (10.08.27)

たいした能力を持ちあわせていないが、必要な時に必要な言葉に出合う能力には長けている。

このコーナーへの執筆依頼をもらったので、ほかの方はどんなものを書いているだろうとのぞいてみたら、木村栄さんの連載のタイトルが「女ともだち」で、がぜん興味がわいた。
なぜなら、先日、ひじょうに仲良くしていた女の友人と仲違いしたばかりだったからである。

夢中で読みすすめた。すると、「最後の友情」の回で、「話せばわかるって簡単に言うけど、絶対にウソよ。世の中、話し合いで解決できないことの方が多いじゃない。恋愛も友情も、人間関係なんか特にそうよ」という木村さんの友人の言葉に出くわした。

膝の皿が割れるほど膝をたたいた。
なぜなら、わたしの場合も、話し合いをすればするほど、言葉をつくせばつくすほど、事態が悪い方向に進んだからである。

自慢でもなんでもなく、事実として、わたしはめったに他人に相談ごとをしない。たいていのことは、時間がたてば自然に解決してしまうからだ。

だが、このたびは違った。わたしは、わたしが抱えるトラブルについて、「解決策を教えてほしい」とすがった。
電話のほうがよかったが、メールのほうが好都合だといわれた。それで、メールをした。
ふだん他人に相談しないわたしにとって、自分が抱えるトラブルを人に聞いてもらうことは、けっこう勇気の要ることだった。
勇気をふりしぼりながら、そして、たかぶる感情を抑えながら、しかし、押しつけがましくないよう、丁寧に作文した。

が、返ってきた返事は、「解決策? そんなものは自分で考えなさい」という素っ気ないものだった。

すくなからずショックを受けたが、引きつづき、「どうしたらよいか分からない」と書いたら、イラついた文面で「わたしに何を求めているの?」という返しが来た。

これには、こたえた。
あくまで自己評価だが、彼女の悩みは、親身になって聞いてきたつもりだ。
解決策を求められれば、原稿を書いている途中だろうと、寝る前だろうと、一緒に考えた。
どうしてよいか分からないといわれれば、木村さんもしていたように、会話のキャッチボールをして、彼女のモヤモヤした思いが言語化できるよう手伝った。

それがこのザマである。
わたしに人望がないのか、彼女が薄情なのか。
おそらく両方なのだろう。

人間、言葉で分かりあえるなんて大嘘である。
相手の言葉を受けとる前に「皮膚感覚」みたいなものがすでにあって、人はそれにしたがって相手の言葉を受けとったり、却下したりする。

相手の言葉が、すでにある「皮膚感覚」を修正することはめったにない。
その「皮膚感覚」もまた言葉によって作られているはずだが、その成分の半分あるいは80%以上は、第六感とか、言語以前のものでできている気がする。

彼女にとってわたしは、悩みやストレスをぶちまける相手であっても、受け止めてやる対象ではなかったのだ。
たとえていうなら、ゴミ処理場のようなものだったのかもしれない。
ゴミ処理場には、躊躇なくポイポイとモノを捨てられる。
だが、わたしが彼女に相談をもちかけたことは、ゴミ処理場のほうから、「今度はあなたの家にごみを捨てさせてよ」と頼まれたことに等しかったのかもしれない。

自分の家がゴミ処理場になる。それは、恐ろしいことである。
その皮膚感覚が、「解決策? そんなものは自分で考えなさい」であり、「わたしに何を求めているの?」という拒否や抵抗の言葉となって表れたのではないか。

が、私たちが仲良くなったきっかけを考えてみるに、言葉が仲介していたのは確かなことであって、むげに言葉の無力さを強調するわけにもいかない。

そしてなにより、「言葉でいっても通じない」という言葉が、今の私を支えている事実。このことに目をつぶるわけにもいかない。

けっきょく、ほどほどの期待とあきらめをもって、言葉を使っていくしかないのだろうな、と思う。
言葉でいっても通じない。でも、通じたらラッキー。
それぐらいの低い期待値で、言葉を介して、他人と付きあっていくのがベストとふんだ。
もう彼女との関係が復活することはないだろうが。

そんな言葉に期待しない私が、言葉を使って皆さまにお送りするコラムは、全部で5回です。どうぞよろしく。
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