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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
【2】「感謝」が相手の神経を逆撫でする話 (10.09.13)

いつも行くクリーニング店の50代ぐらいの女性は、間違いを指摘されると、「教えてくれてありがとうございます」という。

仕上がった商品はそれぞれハンガーにかけられていて、たとえば「6−556」などと番号が付いている。
客は、「6−556 ワンピース」などと印字された控えを持参し、その控えと照合して、預けた洋服がたしかに返ってきていることを確認する。

先日、彼女は、返ってきているかどうか確認していない洋服について、「返ってきた」という意味のマルを控えに記した。

「これ、まだ確認してませんけど」というと、彼女はニコニコしながら、「教えてくれてありがとうございます」といった。

うーん、「教えてくれてありがとうございます」ねぇ……。
私がこれまで受けてきた教育だと、そこは「すみません」になるところだが。
こんなことが、3度あった。

謝罪すべきところを感謝に代えて済ませる。
これ、自分の誤りを認めたくない人の戦略としては、ものっすごくいい感じがする。

というのも、自分が間違ったことを認めなくてよいうえに、いちおう感謝をしているので、相手からの反発をまねかなくて済む(と思っていられる)からである。

ナイス戦略。
だが、いわれるほうにとっちゃ、誤りを認めず、かつそのこと自体を誤魔化そうとするダブルでずるいやり方であり、よけいに腹がたつ。

気になるのは、「ありがとうございます」と口にする彼女がかもしだす、なんともいえない多幸感である。
もしかしたら、「自分は感謝のできるイイ人」と思っているのかもしれない。

あるいは、「自分はシアワセになる修行をしている」ぐらいのことを思っている可能性もある。
「ありがとうございます」と口にするとシアワセになるという、セラピーのような、自己啓発のようなものが、中年女性の間で流行していると聞く。

名札には、名字に「ちゃん」と蛍光ペンで付け足してあった。
「ワタシ、茶目っ気たっぷりなの! ヨロシク!」とでも言いたげな名札の表記が、彼女の多幸感に輪をかけていた。

2010年6月、沖縄に基地を押しつけたアメリカが、「沖縄の人々に感謝を表明する」という「感謝決議」を下院で採択した。
沖縄の関係者は、「基地を押しつけておいて『感謝』とは県民をばかにしている」と怒った。

当然である。採択は「感謝するんで、これからも基地の面倒をヨロシク!」という意味である。
県民の怒りをスルーし、無理矢理アメリカ側の要求をのませる暴力的行為をごまかす意図が、ふんぷんとしている。

暴力をふるっておいて、その罪を認めない。
なおかつ、相手からの反発をまねかないよう、甘言でたぶらかそうとする。
反吐つくほど厭なやり方だ。

規模はだいぶ違う。
だが、クリーニング店を出る時に思い出したのは、基地の話である。
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