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国際社会の現在(いま)―ジェンダー視点から
【5】どうでもいい記憶を背負った言葉の話
  (10.12.15)


学校の体育の時間。準備運動で首を回すさい、しっかり首を回すと人間てのは口が開くようにできてるんだ、と教師がいい、どうでもいい言葉なのだがずっと忘れられないでいるということをかつて一世を風靡したエッセイストが書いていて、恐ろしいことに私もこの言葉を忘れられないでいる。

読んだのは20年近く前なのだが、執筆で疲れた時、重い荷物を持った時、日常のはしばしに首を回すチャンスはあって、そのたびにこの言葉がよみがえり、記憶が維持されてきた。

もちろん、頭を後にやったさい、口は開いている。そして、氏のエッセイが最高におもしろかったこと、氏の愛人が出産をして大騒ぎになったこと、以降の作家活動がパっとしなくなったことなど、雑多な記憶が頭をかけめぐる。

このように、戦後の引揚者なみに背中にどっさりどうでもいい記憶を背負った言葉というのが私にはある。
いくつかあるうちの代表格が「ご存知」だ。

中3の終わり頃、ある広告代理店が主催する広告をテーマにした論文コンクールに応募すべく作文をした。田原総一郎の『電通』などを読んで研究し、なかなか渋い中3であったと思う。高1の時に教師の指導のもとで書き直し、入賞した。

教師に直されたのが「ご存知」という言葉だった。正しい表記は「ご存じ」である、なぜなら、ご存じの「じ」は、存すという動詞の「す」が変化したものだから。「知」という漢字にはなりえない、という説明だった。

今でも、「ご存知」という言葉を目にすると、あ、間違ってると思う(辞書の説明では当て字ということで、誤記ではないようだが)。そして、教師に直された記憶や、グレーの表紙の『電通』の書影が脳裏をよぎる。

それだけではない。社内で行われた授賞式に教師がアミアミの手袋をしてきたことや、バイキングで出たプリンのやたら美味だったことなどが、芋づる式によみがえる。

プリンは、ヨコ20センチ、タテ30センチぐらいの四角い大きな型に入れて焼かれたあと、カステラ様のほどよい大きさにカットされて供されていた。底に薄いパイ生地がしかれていたと記憶している。カラメルソースを吸ってしっとりとしながら、しかし、パイ生地独特の歯ごたえを残した基底部は、新鮮な卵と牛乳のかおりを包含するプリンの部とのこれ以上ないコンビネーションを見せていた。

調子に乗って、4回おかわりをした。プリンが入らなくなるので、おかずは控えた。給仕のシェフは優しいおじさんで、4回おかわりをしに来た高校生に呆れることもなく、とてもうれしそうだった。

後にも先にもあれほどおいしいプリンを食したことはない。それもそのはず。仕出しは、日本を代表する一流ホテルのものだった。時は1989年。バブル経済の爛熟期であり、広告はその恩恵をもっとも受けた業界の一つだった。

……というようなことが、「ご存知」を目にする0.01秒の間に頭の中をかけめぐる。ほんらいの表記以上に「ご存知」は流通しているので、記憶が再生されるチャンスは多く、したがって維持される。たぶん死ぬまで続くだろう。

そのほか、「デリシャス」「はっ酵乳」なども、巨大かつどうでもいい記憶を背中に背負った言葉なのだが、それはまたいずれ。
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