判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
『いらっしゃいませ』(夏石鈴子 朝日新聞社 2003年)

 勤めていた出版社の受付は訪問客に評判が良かった。なぜかというと、一度来社すると次からは「**様、いらっしゃいませ」とちゃんと自分の名前を覚えているからとのことだった。受付は会社の顔といわれるくらい大事だと言われていたが、数年以上前から派遣の人になった。丁寧ではあるけれど、始終人が変わってなんかねえ、とその後の外部の客からの評判は今ひとつだった(若い女性が次々と補給されるということもあり、内部の人間には評判が悪いわけでもないが)。
 この本はまだ、受付に正社員の女性を配置している某出版社をモデルにして、著者が自分の経験を下敷きに書いた小説である。一言でいえば、新入社員のみのりの目に映った出版社受付事情である。短大出身のみのりが難関の超有名出版社に合格できたのは、試験の作文に「1冊の本」の課題がだされ、こんな回答を書いたからだ。「1冊の本。その本はここにはない。なぜならこれからわたしが書くからだ」。こういう回答に彼女のユニークな才能をみとめて採用したこの会社はえらい。そしてこの会社のすごいところは1年もたたないうちに、このみのりを週刊誌の編集部に異動させるのだ(コース間の異動と同じようなものでこういう人事はめったにない)。といっても0Lサクセスストーリーであるわけではない。
 かなり年配の女性である受付の先輩(こういうベテランを受付に配属するところもなかなかの会社であることがわかる)のみのりへの指導ぶりや先輩とのやりとりがとってもおもしろく、これは、実体験した人でないと絶対に書けない。みのりと一緒に入社して営業に配属された春子が、誤植のある文庫本を交換しに行き、新しい本を渡したところ、いままで読んでいた誤植のある本を床に投げ捨てられ「君の会社も落ちたもんだねぇ」といわれた話をみのりにトイレでする場面がある。「でね、電車の中で、受け取った本をめくってみたら、赤い線が引いてあって、何かと思ったら、そこが誤植の場所だった。句読点の丸がね、二つあったんだよ。誤植は誤植だけどね、これのことなのか、これのことで、私はあんな目に遭うのかと思ったら、泣けてきた」。会社の名誉を守りたいという自負と「社会」の理不尽さに腹を立てる若い女性の心理が手にとるようである。
 電話を一切取らない編集者(こういう人って実際にいるのだ。そばにいると猛烈に腹の立つ存在である)に、みのりはあるしかけをして見事に成功する。
 「わたしは、世直しのOLになる」
 「何、それ」
 「世の中を良くするために暗躍する人」
 「だって、みのりは受付じゃない」
 「誰もが油断する受付をしつつ、暗躍する。春ちゃんもやらない?」
 「地味なんだか、派手なんだかわからないね、それ。それにさぁ、わたしたち、だいたいOLなの?」
 「女だし、若いし、会社にいるし、そんなに重要なことをやってないからOLじゃない」
 これほど身の丈にあった定義を見るのは始めてだ。難しいことは一つも書いていないし一見そうは見えないが、ものすごく才気にあふれた著者である。
 この著者、以前に「新解さんの謎」という大ヒットの仕掛け人で、知る人ぞ知る人である。

Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK