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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
佐野洋子 『シズコさん』新潮社 2008年

 本書は、絵本「100万回生きた猫」等で有名な佐野洋子が、自身の母親そして家族について綴ったエッセイである。
 著者が4歳のとき、手をつなごうとしたところ、母は、チッと舌打ちして、じゃけんに振り払った。そのとき、著者は、二度と母と手をつながないと決意する。そして、以来、著者と母のきつい関係が始まった。
 知的障害のある弟妹に会いに行こうともしない母。学歴を誤魔化す等つまらない見栄を張る母。兄に対してとは明らかに違う厳しさで自分にあたってくる母。
 母親が嫌いで、顔を見ると首を絞めたくなるという友人の話を聞いて、著者は思う。<この人のほうがましだ。素手で首をしめられるのだ。私は素手で母の首に触るなんて嫌だ。>
 著者は率直に母への憎しみ、嫌悪感を書き綴る。しかし、著者は,母を糾弾するのではない。憎しみよりも、さらに、そんな母を愛せない自分を責める気持ちのほうが、強いのだ。
 母は、31歳で敗戦を迎えて一家で中国から引き揚げ、豊かでない家計をやりくりし、客人をもてなし、ぼたもち、ドーナッツなど、子どもたちにおやつをつくり、古いセーターをほどいて、子どもたちの服に編み直した。7人の子どもを産んで、3人を亡くした。11歳の長兄を亡くした時は、半狂乱になった。42歳で未亡人になってからは、母子寮の寮長になって、4人の子どもたちを大学へやり、自分の家も建てた。それらのエピソードを繰り返し綴る著者には、母への複雑な想いがあふれている。
 老いて、息子の嫁との確執に苦しみ、最後には嫁に自分の家から追い出されてしまう。著者は、母の悲しみや痛みを受けとめられなかったことを悟る。
 著者は、嫁から追い出された母をいったん引き取るが、結局、有りっ丈の金を集めて、高級老人ホームへ入所させる。そのことで、著者は、「金で母を捨てた。」と自分を責める。
 貧しい時にも、きちんとお化粧をし、最後に口紅をつけて「ムッパッ」とする母。しかしその母が鏡すらみなくなる。母が、呆けて人が変わったように穏やかになってからも、なお、著者は接し方がなかなかわからず、時たましか会いに行かなかった。会いに行くと、「あら、洋子なの。」とうれしそうにいう母。著者は、母の老いに戸惑う。
 老人ホームで、著者は、母と同じふとんに、「あー疲れた。」と入り、まだ〈まだ割っていないわりばしの様に〉なる。触れることすら嫌悪していた母と。70歳になった著者と、90歳を超えた母。
〈そして思ってもいない言葉が出て来た。
 「ごめんね、母さん、ごめんね」
 号泣と云ってもよかった。
 「私悪い子だったね、ごめんね」
 母さんは、正気に戻ったのだろうか。
 「私の方こそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ」
  何十年も私の中でこりかたまっていた嫌悪感が、氷山にお湯をぶっかけ
 た様にとけていった。〉
 読者である私も涙が止まらなかった。
 この場面以外にもところどころで感情が揺さぶられる。
 母は亡くなった。
 夜寝るとき、母が小さな子どもを3人くらい連れて、著者の足もとに現れる。静かで、懐かしいそちら側に、私もいく、と、著者は思う。現在癌が再発したという著者は、長い葛藤の果てに、静かに死に臨んでいる。
 家族だからこそ、傷つけあう。関係が深いからこそ、許しあえない。でも、最後に、葛藤がとけるときがきた。「母子の葛藤」などという言葉にすると、どうも陳腐な紋切り型になるが、安易にはまとめられない、豊かで深い本である。
 同じころに出た著者の「役に立たない日々」(朝日新聞出版 2008年)も、著者のその他のエッセイ同様、絶妙のユーモアにあふれており、お勧めである。
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