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野中広務・辛淑玉著『差別と日本人』角川oneテーマ 2009年

 「今あるような格差社会ではなく、温かみのある豊かな社会が理想だ。だから、あらゆる差別問題は解決していかなければならない」という野中広務と、彼がこの社会で差別を研究や観察の対象としてではなく、心情の深い部分で感じてきたものをとらえたいという辛淑玉の対談集。
 私は一応人権問題のひとつとして部落差別を認識しているつもりだったが、辛により随所に収められた解説と野中が語る断片的な記憶に、この社会に今なお凄まじい差別が残っていることをあらためて知り愕然とする。
 差別を受けてきた者の感覚だろうか、共通してあらゆる差別に敏感である二人だが、あるべき社会像の細部の認識には違いがある。たとえば、両者とも「慰安婦」問題に取り組むべしとしながら、アジア女性基金という「解決」を、辛は疑問視し、野中は「これより他に方法はないのかなあと、そういう落としどころだったんだ」という認識を変えようとしない。国旗国歌法についても、野中は同法をつくることで、根拠法をつくり、争いを解消したと自負し、日の丸への忌避感を「わずかな戦争の時期だけを日の丸の歴史としてとらえる考え方」とするが、辛は「わりとサバサバしているんですね」とピシャリと言い返し、在日にとって変わらない日本の象徴だとする。その上で、日の丸君が代問題での最大の抵抗勢力は部落解放同盟だったからこそ、野中なら押えられると目されたのではないかと解説に書き添える。その他の問題でも、辛は、野中は部落出身者だからこそ様々なミッションを与えられたのではないかと気をもむが、野中は野中で信念を持って進んで取り組んでいった。後半で辛は「オバマが演説で平和をつくるのかもしれないが、野中は、そんなものは信じず、談合で平和や人権を守ろうとしたのではないか」と看破する。辛とともに、その姿に胸の痛みを覚えるものの、これはこれであっぱれな生き方とも思う。
 「三国人発言」などたくさんの差別発言を発した石原慎太郎と朝食を食べてきたという野中に辛は「え?なんで石原さんと御飯食べられるんですか」と自分でまとめた「石原差別語録」を差し出すが、野中は「あんなのボンボンですよ」「あれはまたいい男だからだ」「彼にも、僕のように忠告をできる人間がおらないといかんでしょ」と平行線である。もっとも、「野中やらAやらBは部落の人間だ。だからあんなのが総理になってどうするんだい。ワッハッハッハ」と暴言を吐いた麻生太郎についての辛のコメント「差別意識が体に染みこんでるんだと思う」には野中も「そうそう」と応じる。その麻生は今なお要職に居続けるというこの社会はどれだけ差別に鈍感なのだろうか。
 そのほか、北朝鮮で出されたものを一切食べなかった小泉純一郎他様々な政治家についての歯に衣着せぬ発言ひとつひとつが興味深い。
 野中が現役時代はあまり知らなかったが(不勉強を恥じる)、骨のある政治家と今更感心する。たとえば「沖縄の痛みを我々の痛みとして考えなければならん」「アメリカをコントロールする力は外務省にも防衛省にもない。政治家が「言いなりになるな、オレが責任をもってやる」といわなければならない」といえる保守政治家がいるとは(今の議員でいるだろうか)。
 そして謙虚でもある。たとえば、ハンセン病訴訟で国が控訴を断念するように調整した野中だが、在日のハンセン病の患者は枠外のままだと辛につかれて、「それは僕ら知らないんだな。自分で解決したと考えていても大きく欠落しているものがあるんだね、恥ずかしい思いがする」と認めるところなどに、謙虚さが現われている。
 最終章の「これからの政治と差別」から特に、被差別者の苛酷さが迫る。活字ではわからないが、辛は話しながら泣いていたという(野中のあとがきによる)。マスメディアにも朝鮮人として積極的に発言してきた辛は、家族がもっと楽に生きられるように、朝鮮人が日本で生まれて幸せだったと言って死んで生けるようにと頑張ってきたが、兄や姉から「自分の正義感を貫くために家族がどんな思いをしているかわかっているのか」「本名で生きているおまえは親戚じゅうから嫌われている」と言われ、「なんか負けちゃったな」と思ったという。野中も「わかるなあ、僕も同じだから」と応じる。野中も、出自がマスコミを通じて明らかになり、家族が親戚やいろいろなところから冷たいまなざしを向けられる。孫の学校行事にも行かないし、妻とも買い物や映画を一緒に行かない、という。行間からにじみ出る辛抱強い妻への深い感謝。諸々でこの最終章では涙が止まらない。
 2009年に出版された本だが、テーマは今なお旧くない。それどころか、当時よりヘイトスピーチが益々路上やネット等で展開されるようになった現在、より差し迫ったテーマになっている。前進するどころか、後退しているとすら思える。今この社会の多くの人が読むべきだ、と言わなければいけないのが、悲しい。(良)
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