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青木理著『抵抗の拠点から 朝日新聞「慰安婦報道」の核心』講談社 2014年

 つい最近まで、戦前、戦中の言論界につき、「なぜ翼賛体制を止められなかったのか」と苦々しく思っていた。しかし、今では、当時の人々もこのような危機感を抱いたのに、止められなかたのではないか、と思う。朝日新聞「慰安婦」検証記事後のバッシングが猛り狂った2014年は、後世の人々にとって、同様に「なぜ」と振り返られる一年になるかもしれない。
 私自身は、検証記事を読んだ直後、「なぜ今この検証を?吉田証言など、『慰安婦』問題を真摯に研究している人たちはとうに重視していない。朝日をはじめ報道に欠けていたのは、女性の尊厳の観点からの検証だ」と思ったものだ。しかし、事態は真逆の方向へ。匿名のネトウヨからだけではなく、主要な新聞や週刊誌から連日のように激しい罵声が浴びせられた。「売国」「反日」「自虐」「日本を辱めた」「日本を貶めた」…。ネットでは、特定の個人(家族まで含む)攻撃がされ、脅迫事件まで生じている。為政者が朝日が「政権打倒を社是としている」と敵意を燃やす。そんなことは、少し前までおよそ考えられもしなかったのではないか。青木理氏は、このような事態に唖然としていないで、猛烈なバッシングの対象になった植村隆元記者らに丁寧に取材していく。そうすることで、バッシングの異常性を明るみにし、民主主義社会を支えるべきメディアとジャーナリズムがその役割を棄てることにつき警戒し、現場の記者たちよ、恐れるなと呼びかける本著を、多くの人に読んでほしいと心から思う。
 植村さんのみをことさら批判すること自体が公平性を欠く。彼が韓国人女性と結婚し、その女性の母がたまたま日本の戦争責任を追及する活動家だったということが、「分かりやすい物語の土台」となった。また「リベラル」かつ「メディア界のエスタブリッシュメント」である朝日の記者という記号も重なり、植村さんが攻撃の対象となる。「慰安婦」についても他の課題と同様、「苦しんでいる人たちの声を記録するのが自分の仕事だ」と思って取材を続けてきたが他の記者に比べてさほど熱心でもなく、義母から情報を提供されたこともない、ごく普通の記者。「現実的には「国民基金」で妥協するのがいいのではないか」と思っている、むしろ相当「穏当」な立ち位置の普通の記者が猛烈にバッシングされるということに、より事態の深刻さを感じる。
 植村さんに次いでバッシングの対象になっている若宮啓文氏のインタビューからも、氏自身が「社会党的なリベラルというより宮澤喜一に近いリベラル」と評しているように「穏当」な人物が攻撃を受けている事態とわかる。「特報部のような野武士集団が縦横無尽にペンを振るい、権力や権威にどんどん喧嘩を売ればいいのに」という青木氏からすれば苛立ちを覚えるような、政治部出身の超エリートである若宮氏だが、インタビューの最後に「安倍叩きが朝日の社是だと、僕が言ったという話がひとり歩きしていて」と困惑気味につぶやく。無根拠な情報での猛バッシングにさらされているとは…。
 朝日に言いたいことは、青木氏も私もたくさんある。「反撃の矢」を用意してから検証記事を掲載すべきだった。「慰安婦問題の本質」を浮かび上がらせる記事を連打し攻撃と対峙する準備と覚悟を持ってほしかった。さらに市川前報道局長によると、池上さんの原稿を没にする気はなく、返事待ちだったのが、途中で情報が漏れるとは、とのこと。何という無惨な迷走。対応に危機感が欠け、お粗末。しかし、その点で朝日を非難することよりも優先すべき課題がある。朝日を擁護するというよりも、この社会の言論全体の質がねじ曲がってしまわないように、報道機関には自身の役割を果たしてほしいし(最後に収められた外岡秀俊氏のインタビューと同旨)、読者もその方向を応援すべきなのだ。読者自身の自由の根底を支える民主主義社会を維持するために。
 もう一言追加したい。「慰安婦」問題をえぐるというよりは「慰安婦報道」問題を追跡する本著に対して、「慰安婦」問題の本質を探ろうとしていないという批判はあたらないとわかっている。これはこれで喫緊の重要な課題を扱っている貴重な本だと認める。しかし、第三者検証委員会で林香里教授が指摘したように、女性の人権問題という視点からの取材、報道がなかったことこそ、問題なのではないか。それは朝日新聞に限らない。私には朝日新聞その他に尊敬する女性記者たちがたくさんいる。それも、ジェンダーの視点から鋭い問題意識を持っている記者たちが。しかし、本著で登場するのは男性(元)記者ばかりだ。なぜ彼女たちが取り組んでこなかった(任されてこなかった)のだろう。第三者検証委員会でも女性は林香里教授のみだった。この問題こそ女性たちの視点からの再検証が必要ではないか。バッシングに萎縮するよりも、積極的な取り組みを求めてやまない。朝日に対しても他紙、他誌に対しても。(良)
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