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高史明『レイシズムを解剖する 在日コリアンへの偏見とインターネット』勁草書房 2015年

 数年前街頭で遭遇した「朝鮮人は××!」というレイシストたちの罵りに、心臓がつかまれる思いがした。手足がさっと冷たくなった。今なおあのシーンを思い出すと涙が出る。攻撃対象に属するマイノリティの人たちであればどれほど傷つき、恐怖心を覚えるのだろう。2015年12月22日、法務省人権擁護局は、都内の朝鮮大学校前でヘイトスピーチを行ったとして、右派団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠(本名:高田誠)前代表に対し、今後同様の行為を行わないよう文書で勧告し、違法なものと認識して反省するよう求めた(2015年12月22日19時35分共同通信配信)。「ヘイトスピーチ、許さない。」とのポスターを掲げているだけよりは、前進である。しかし、2008年から2011年の行為についてであり、それも申立てを受けてのこと。その上、勧告には強制力もない。個人攻撃をされてようやく名誉棄損等の法的手続をとれるが、原告になる決意をした人は余計レイシストのターゲットになるなど、負担があまりにも重い。さらに、この国では、個人攻撃でないと(しかしその集団に属する個人は傷ついているのに)、名誉棄損等法的手段はとれない。法が放置し続ける状況で、レイシストはインターネット上で差別的な言説を溢れさせ続けている。しかし、「蔓延」しているという直観はその通りなのか?どのような内容の情報が投稿され、広まっていくのか?インターネット使用とレイシズムは関連しているのか?本著は、それらの疑問を実証的に追究していく学術書である。
 アメリカの黒人差別をベースにしたレイシズムについての先行研究の整理など、コンパクトにまとまっていて、勉強になる。「古典的偏見(=「黒人は道徳的及び能力的に劣っている」)」、「現代的偏見(=「1 黒人に対する偏見・差別は存在しない、2 黒人と白人の格差は黒人が努力しないことによるもの、3にもかかわらず黒人は過剰に抗議し過剰な要求を行い、4本来得るべきもの以上の特権を得ている」という4つの信念。「レイシズムは誤ったものであるが、黒人は怠惰であるという“事実”について“批判”を加えることはレイシズムではない」というエクスキューズが特徴的)」といったレイシズムの社会心理学的研究にとってはおそらく基本中の基本も丁寧に説明される。
 本書の分析の主眼は差別としての側面ではなく、主に偏見としての側面である。第2章では、インターネット上で流通している言説の性質が、Twitterでのツイートの計量分析により明らかにされる。第3章は、質問紙調査により、古典的レイシズムと現代的レイシズムの基本的性質が明らかにされる。第4章では、2種類のレイシズムが、インターネットの使用と関係している可能性が検討される。第5章では、レイシズムを弱める要因として集団間接触の効果が検討される。第6章では、第5章までの研究結果に基づき、在日コリアンに対するレイシズムの構造とそれへの対処が議論される。
 3か月半にわたってTwitterに投稿されたコリアンに関するツイートを収集し分析した第2章では、コリアン関係ツイートがプレゼンス(投稿数及びフォロワー数)の極端に高い少数のアカウントに占有されていること、コリアンに関するツイートが拡散を意図してなされることが多く実際にリツイートも多いこと(特に歴史問題や何者かを「反日的である」とする非難など)が明らかにされる。淡々と「頻出語」、「分類コード」などが表にされているが、それらの表の悪意ある言葉の数々を目にしただけで陰鬱な気持ちになる。ところで、嵐ファンの私としては、嵐がAKB48 などとともにハッシュタグに使われ、嵐には無関係な差別的なツイートの「拡散」が目論まれていること(37頁)など、ショックだった(いやそんなレベルの話では済まないのだが)。
 第3章では関東の5つの大学の学生に対する質問紙調査の結果が緻密に分析され、@古典的レイシズム尺度得点よりも現代的レイシズム尺度得点の方が高いこと、A性差についてはすべての指標において男性の方がネガティブな方に偏っていること(先行研究とも一致)、B人道主義―平等主義的な価値観はレイシズム(特に古典的レイシズム)を弱める効果があることなどが明らかにされる。@については、現代的レイシズムの持ち主は、「レイシズムは悪いことだが、単なる事実の摘示はレイシズムではない」という認知(実際には「単なる事実の摘示」に留まっていないのだが)があり、自分自身をレイシストと考えていないことが以前より指摘されており、現代的レイシズムの方が受容ないし表出が容易なのかもしれない。また、Aについては、女性の方が社会における不平等を是認する保守的イデオロギーである社会支配指向が弱いこと、女性はレイシズムと類似した内容のセクシズムの対象となることが既に指摘されており、そのことから在日コリアンに共感しやすいことが考えられる、と本著は指摘する。やはり、そうか、そう思っていた!と実感から飛びつきそうになるが、実証的な研究書である本著は結論を急がない。更に検討を重ねていく。
 第4章では、@インターネットの使用時間は現代的レイシズムを強める効果があり、古典的レイシズムも強める傾向にあること、しかし認知的側面に対する影響であり感情面への影響は相対的に小さいこと、A第3章の研究同様、レイシズムに関してはいずれの指標でも女性の方が寛容な態度をとっていること、Bインターネット使用時間は社会支配傾向(社会を競争の場と考え、集団を「優れた・劣った」という次元で捉え、格差の存在を是認するイデオロギー)との間には相関関係があるが、右翼的権威主義との間には相関はないこと、C2ちゃんねるのほか、特に2ちゃんねるまとめブログの利用が感情温度と現代的レイシズムに関わっていること等が明らかにされる。Bはネット右翼において尊王史観や天皇に関する言葉はほとんど見られないという安田浩一の指摘と整合する。どうしてそのような関連がみられるのかのメカニズムは本研究では明らかになっていない等と研究で明らかになったこととその限界についても他の章と同様必ずじっくりと言及がなされる。
 第5章は、直接接触(友人関係などの接触)、間接接触(「友だちの友だちがマイノリティ」)が在日コリアンに対するレイシズムに与える効果が検討される。直接接触は性別にかかわらず感情温度(反感、好意など)と古典的レイシズムを好転させる。拡張接触は、女性では現代的レイシズムを弱めるが、男性では見られない。性差についても本著は直ちに一般化して戦略を提案することはなく、研究の限界を明らかにし、測定上・分析上の改善を行った更なる研究が必要と謙虚である。
 社会心理学的な手法に慣れない専門外の私にとって、率直に言って決してすいすい読みやすい本とはいえない。私自身の知的レベルをあらわにしてしまうが、「形態素解析」「重回帰分析」といった言葉や意味不明の数式にうろたえることもしばしばあった。しかし、徹底して学術的、専門的な記述の合間に、著者の切迫感、危機感が表出されるところがあり、胸を揺さぶられる。たとえば、冒頭での「2000年代のある時期までは、在日コリアンについて露骨に侮辱的な言及を行うことは、“行儀の悪い”ものであるという社会規範が存在していたように思われる。(略)そうした社会規範は、2000年代には大きく揺らぎ、今では完全に崩壊したと言っていいだろう」(3頁)、「集団への敵意が噴出するためには、それが育つ土壌がすでに存在している必要があった。例えば、何者かが“バッハ好き”に対する偏見と差別を広めようという組織的で大規模な活動を行ったとしても、その試みがうまくいくことまずないだろう」(3頁)といったところ。あるいは、直接接触・拡張接触の効果については、在日コリアンがレイシズムの強そうな他者については在日であることを明かさず、レイシズムが弱そうな他者には明かすことがあり、それでレイシズムの弱い日本人ほど、在日コリアンの友人がいることを自覚しやすいなどと、研究の限界に言及する箇所でもはっとさせられるところが随所にある。
 このような研究は酷ではなかったのかと案じながらあとがきを読むと、著者は研究過程で心身の健康を損なっている間があった、とある。ストイックな文体の中に、命を削るような傷つき、労力があったと涙する。その結果、私たちはとても重要な研究を手にすることができた。本著を、そして更なる研究を手がかりに、在日コリアンへのレイシズム言説が止まるような方策の検討がなされなければならない。(良)
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