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ジャン‐ピエール・デュビュイ 嶋崎正樹訳『ツナミの小形而上学』岩波書店 2011年

 キリスト教が浸透している西欧の文化からすると,悪を働く意図が悪にはある。だから,未曾有の悪の形象であるアウシュヴィッツの責任を問われた,「ユダヤ人問題の最終的解決」に熱狂した高級官僚たるアイヒマンに,悪をなそうとした血の飢えた人物ではなく,想像力の完全な欠如,「thoughtlessness」を見出したアーレントの「イェルサレムのアイヒマン」は,一大スキャンダルを引き起こした。しかし,著者は,アーレントらは正しい,悪は悪を働く人々の意図から独立していると考察する。
 今やもっとも大きな脅威は,悪意を持つものよりも,むしろ有能かつ誠実な人々からなる善意の産業,「全世界の平和,衛生,繁栄」を保障することを任務とする組織体である国際原子力機関などからもたらされる。ギュンター・アンダースの言葉は不吉だが見事だ。「世界が終末を迎えようとするまさにその瞬間(のイメージとは),悪意のない殺人者たちと,憎悪のない被害者たちが住まう楽園の光景である。悪意の痕跡など微塵もない。あるのはだた瓦礫だけなのだ。」
 産業社会が悪意なくもたらす温暖化その他のさらなる洪水の予言,それでも人々は現在の自分たちの利害にしたがってしか行動しようとしない。「未来の世代との連帯」は従前の西欧哲学,正義論で根拠づけるのは難しい。しかし,未来が現実になってしまってからでは遅すぎる。破局を避けるには今行動しなければならないのだ。
 本著は3.11よりも前に執筆されていた。破局論はすでに考え抜かれていた。警告はなされていた。しかし,真摯に受け止められることがなく,福島原発事故が起こってしまった。警告を受け止めず現実化したノアの洪水の「翌日」。不幸の予言は現実になったときしか受け止めてもらえないが,それでは遅すぎる。東日本大震災と福島原発事故を受けて,日本版への序文が付されている。フクシマを経た今,真摯に読まれるべき一冊。       (良)
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