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ジェンダー法学会編『講座 ジェンダーと法 第3巻 暴力からの解放』日本加除出版株式会社 2012年

 待ちに待たれた『講座 ジェンダーと法』第3巻は,4部構成からなる。いずれも読みごたえのある論稿がそろっている。
 第T部は,DV防止法(戒能民江),ストーカー行為規制法(長谷川京子),児童虐待防止法(棚村政行),セクシュアルハラスメント法制(武田万里子),それぞれの法政策の展開とさらなる課題が指摘される。ひとつひとつはコンパクトながら,該当分野の従前の到達経過を概観した上で,課題を提示しており,勉強になる。
 第U部は,刑事司法における女性の立場,ジェンダーバイアスを考察する。後藤弘子(第5章)は,女性犯罪の現状を前提とし,刑事司法がジェンダーバイアスを持つと指摘した上で,女性の再犯を防止するためには,ジェンダーの視点を持って刑事司法制度の運用さらには堕胎罪等の犯罪をも見直すべきと説く。しかし,現在女性犯罪に関する統計すら整備されていないということであり,改善には程遠いと嘆息せざるを得ない。日本は,「生き延びるために」薬物を使用する女性たちを犯罪者として扱う。しかし,諸外国では,刑罰ではなく,快復のために治療こそが必要であることは,常識であるという。番敦子(第6章)は,犯罪被害者支援の法制と今後の課題を考察する。性犯罪裁判員裁判に関する平山真理の論稿(第7章)は,裁判員裁判開始以降2年間の若干のデータ(それでも収集に多大な苦労があったと思われる)を分析し,求刑が上向き,判決も上向きとなり,厳罰化傾向を指摘した上,裁判員自身の捉え方なども考察する(第6章)。「実際には,性犯罪についての考え方は男女で分れると言いきれるほど単純なものではないであろう」という具体的な指摘はジェンダー研究に慎重さを促すかのようで(明示はしていないが),興味深い。
 第V部は,グローバル化の進展を背景に一国にとどまらない女性の暴力と人権の問題を扱う。具体的には,米田真澄は(第8章),日本が未だ批准していない選択議定書が有する個人通報制度と調査制度を概観した上,個人通報・調査が活用された暴力事例が紹介されており,参考になる。清末愛砂は(第9章),アフガニスタン,イラク,パレスチナを事例に,「対テロ」戦争のなかで,女性がいかなる状況にあったか,あるいはいかなる視点を向けられてきたかを分析する。たとえば,アフガニスタンに対する軍事攻撃には,タリバンに抑圧された女性の解放が正当化論理に使われ,無差別攻撃に女性たちも被害を受けることは忘れられた。そして,タリバン政権崩壊後も,なお,女性に対する暴力はやむことがない。ガザへの攻撃でも多数の女性が負傷し,命を落とした。そして軍事攻撃によるコミュニティの崩壊は女性の生活をさらに圧迫しているという。吉田容子(第10章)は,人身取引に関する被害の実情,国際社会の取組み,日本における被害が続く要因,課題を指摘する。
 第W部は,オルタナティブな法理の構築を目指す意欲的な論稿二つの論稿を載せる。谷田川知恵(第11章)は,性暴力に関する法レベルの男性中心主義と判決の「経験則」というジェンダーバイアスを批判的に検討する。森田成也(第12章)は,「表現の自由」という囲いの中で論じてきた旧来の議論状況を批判しポルノ被害を具体的な権利侵害として論じその被害を防止すべきとする。
 「貧困の連鎖が生み出す女性の地位 売買春の現場から」と題された角田由紀子によるコラムは,短いが深く考えさせられる。角田は,弁護人として,貧しく,教育を受けておらず,売春をし,その過程で窃盗や覚せい剤を犯した女性たちと出会う。その彼女たちと罰する法はいったい誰を保護しているのだろうか…。個々の女性たちの経験,言葉にぐっと揺さぶられる。このような,潜在化しがちな経験を拾い出すこと,それらこそに問題課題が浮かび上がると察して詳細に分析していくこと。さすが実務と研究両方でジェンダーバイアスに抗する活動の最前線に立ってきた角田ならではの,ジェンダー分析の原点を思い出させてくれるコラムとうならせられた。(良)
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