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『雲南の妻』 村田喜代子 講談社

 アメリカで女性学の授業をとったとき、講演に来た女性が、私は50歳になってレズビアンだと自覚し、離婚した。娘もいたけど、娘は理解してくれたのよ、と話すのを聞いて、へぇぇと妙に感心した。彼女が何者で、どうして講演に来たのかはちっとも覚えていないが、そう話した彼女の様子ははっきりと記憶に残っている。

 『雲南の妻』で、商社の妻である主人公は、貴重な中国茶の買い付けのため、通訳で少数民族の女性、英姫(インジ)と結婚することになる。少数民族が大切にしているお茶を売ってもらうには、少数民族の女性と外の女性が結婚し、仲間に入れてもらうしかないという。中国では女権の強い一部の村に女性同士の結婚の風習が残っており、友愛に結ばれた働き者の女性同士の結婚は、家を栄えさせるというのだ。夫がいても関係なく、夫との夫婦関係はあっても、女性同士の結婚はできるという、独特な制度である。
 初めは冗談と思っていた主人公も、中国の奥地の村に行き、村の女性たちと一緒に働いているうちに、好意を寄せてくれている英姫と結婚してみるのも自然の成り行きのように感じられる。そして、夫と英姫と微妙なバランスをとった生活が始まったのだが・・・
 結婚と性欲、友情と愛情・・・なんて、突き詰めていくと非常に深いテーマを、さらりと、夢の中の話のように仕上げてある。この本を読んだときに、上記のアメリカで会った女性の話を思い出したのだが、今から思えば、あれは「性的指向」というものは今は異性に向いていても、いつかは同性に向くこともあるということを初めて私が認識した時だったのだと思う。
 『雲南の妻』では、そんな性的指向の対象の変化が、本当に自然に語られている。夢のような、なんとなくホンワカとした話に見えて、結構こんなことあるわけないと怒り出す人もいるかもしれない。しかし、私のように単純に、女性と結婚してみるのもいいものだなという気になる人も必ずいるはずだ。(別に結婚という形式をとらなくてもいいのだが)
 後で読み返して気づいたのだが、主人公の名前はほとんど出てこない。英姫の本当の名が告げられるとき、そして最後にやはり英姫の名前とともに明らかにされているだけだ。名前といえば、主人公の夫の商社員も苗字は一回も出てこない。いつも下の名前「智彦」で呼ばれているだけだ。それが余計にどこかにあったような、誰にでもありそうな話しに感じられる要素なのかもしれない。

 雲南で実際に同性婚が行われているかどうかは定かではないが、作者によれば中国では結婚を嫌う女性の習俗が見受けられるという。また、ちょうどこの本を読んだ頃、知人から雲南地方では女性しか読めない文字があるということを聞いた。あながち、この本のような話がなかったとは言い切れない。

 読んだあと、中国茶がやたらに飲みたくなる。そんな思わぬ効能もついてきた。(ぶんえい)

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