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デイヴィッド・リーフ『死の海を泳いで』岩波書店 2009年

 批評家スーザン・ソンタグがMDS(骨髄異形成症候群)にかかった。診断されてから死に至る9ヶ月間,まさに「死の海を泳ぐ」母に付き添った一人息子による痛恨の記録である。物議を醸しながらも鋭利に現代を論評し続けた勇気ある批評家(9.11事件直後アメリカの覇権主義を批判し全米から非難中傷を受けたことは記憶に新しい。)は,過去に末期乳がん,そして悪性の子宮肉腫も,科学を信じ,決して諦めることなく,最先端ないし実験的な治療に耐え,克服した。今回も,ソンタグは,「生活の質などに興味はない。」と言い放ち,知人らからの慰めを拒否し,非難すらして,生き続けることを必死に求める。しかし,病いについて精力的に情報収集をすればするほど,快復の可能性の低さを思い知らされてしまう。それでもなお,生還の可能性がないことなど受け入れず,周囲に科学的な根拠とともに楽観的な見通しを語るよう求め続けた。
 マルグリット・デュラスの言葉「私は無になるという事実と折り合いがつけられない」は,ソンタグの痛切な叫びそのものである。
 絶望的な戦いを続ける愛する母の傍にいて,息子は無力である。母が希望する物語を紡ぎ出そうと試み続ける。ジョーン・ディディオンの「私たちは生きるために,自分自身に物語を語り聞かせる」という言葉が繰り返される。母の望む物語が,「苦しいけれども生命を救ってくれる可能性のある処置を受け,快癒に至るというもの」であれば,それが空しい嘘であっても,語り続けるほかない。しかし,息子は,もっと良い方法があったのではないか,自分を責めずにはいられない。「私はいまだに信じられないでいる。母を助けるためにできることが何もなかったなんて。」
 本著は,愛する母の生と死に向き合った息子の本だが,政治アナリストでもあるデイヴィッドの記述は,感傷(それこそソンタグが嫌うものだ。)を排し,分析的であろうと努めている。しかし,だからこそなお一層胸を揺さぶられる。本著は,読者が自己の生と死,そして肉親の生と死に真剣に向き合うきっかけとなるだろう。
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