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ヨアヒム・ラートカウ著 海老根剛・森田直子訳『ドイツ反原発運動小史 原子力産業・核エネルギー・公共性』みすず書房 2012年

 本書には,ドイツを代表する環境史家による原子力関連のテキスト4点と,訳者たちによるインタビューが収められている。研究を始めた1970年代前半,ラートカウ自身「核エネルギーの熱烈な信奉者」であり,「新しく素晴らしいテクノロジーが鈍重な後期資本主義と保守的な官僚機構のせいで発展が妨げられている」と考えていたという。そして研究を進めながら,全く混乱してしまったというのだから,興味深い。原子力というテーマをめぐって,ドイツでも,「左翼=反対・保守=支持」という二項対立ではなかった。保守的な農民たちが原発建設の反対運動を展開したり,左翼の運動家が核をめぐる技術の発展を信奉することもあった。
 ドイツの原発運動が勝利したのは,「ドイツ的不安」の蔓延,「新しい社会運動」やカリスマ的指導者の存在といった特徴的な要因の結果ではなく,40年以上にわたる反原発の長い歴史的過程そのものの帰結だという指摘には,非常に勇気づけられる。
 ラートカウは,研究省の議事録などの内部資料の分析のほか,関係者への聞き取り調査を通して,ドイツにおける原子力産業の形成過程を把握し,反原発運動が原子力技術の潜在的リスクに反応し,原子力をめぐる議論を公共の場に開くことになったのかを描き出す。コンパクトな本著では,膨大な研究成果のエッセンスが詰められている。彼はいう。「私にはいつも実際に生きている人間のことが思い浮かびます。」左翼の人々の多くは,原子力産業の経営者たちと話をしても始まらないと考える。しかし,ラートカウは,経営者たちや政治家,物理学者たちと直接インタビューすることで,彼らも一枚岩ではないことがわかる,現代史を研究する場合個人史からアプローチすることも大切だと説く。歴史の手法としてだけでなく,現実を理解し,運動を実践する上でも有益な示唆である。
 「あれから一年,フクシマを考える」と題された冒頭のテキストには,福島第一原発事故を経てもなお,日本の状況がドイツよりも難しいことを率直に指摘する(ドイツには石炭資源が豊富,ドイツで反原発運動が頂点に達したとき気候変動に対する警鐘も鳴らされていなかった等)。そして,「ドイツの経験の核心」であるという,国内・国際的なネットワークは,未だ欠けたままである。しかし,「日本の原子力の批判者たちは,ひとりぼっちだと感じる必要はない」,「改革のエネルギーは日本の伝統の一部」だと励ましてくれる。チェルノブイリ事故のしばらくあとにも,西ドイツの反原発運動の界隈には「何をしようと無駄であり,ドイツではなにも変わらない」という不満が広がっていた。しかし,現実には物事が動き始めていたのだ。私たちも,忍耐強くなければならない。(良)
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