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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
細川亜衣著『スープ』リトルモア 2014年

 紺色の表紙に、スープ、そして著者名。ほかに2種類の表紙があるそうだが、きりっとした表紙自体から、この本が他のカラフルな見栄えの良いレシピ本とは一線を画す毅然としたものとわかる。
 表紙を開くと、まず1ページ目に…。
 「スープほど、懐の深い料理はない。スープほど、自由な料理はない。
 しかし、だ。
 スープほど、繊細な料理はない。
 だから私はぴりぴりと神経を尖らせながら、
 水分と固形物との微妙なせめぎ合いを静かな視点で見守るようにしている。」
 襟を正して読まねばならないと思わせられる。
 この文章の「スープ」を「細川亜衣の料理」と置き換えてもいい。或いは、細川亜衣の文章自体が、懐が深く、自由で、かつ繊細。ぴりぴりと神経を尖らせながら、静かに書かれたものと感じ入る。
 新にんじん、
 新じゃがいも、新玉ねぎ、トマト
 黄パプリカ、黄プチトマト
 焼き栗
 カリフラワー、乳清
 豚、レモン
 たけのこ、チーズ、卵…
 たくさんのレシピが惜しみなく提供されている。こう作れば美味しい。とまでは書かれていないが、そう読みとれるこれらのレシピを完成するまでに、細川は一体どれだけの時間を費やしたのだろう。その労力を想像すると、尊敬の念が沸き上がる。
 生きていた命をいただく。命を頂くからには、素材を活かしきって、美味しくいただくべきだ。覚悟が求められているような気にすらなる。「レシピ」というとあまりに語感が軽い。皆に美味しくきちんと食べてほしいと願っているかのように、きびきびとした無駄のない文章で、しかししっかりと読者が受け止められるように噛み砕いた記述が続く。
 たとえば、「チーズを作る。すべての材料(牛乳(乳脂肪分40%)500g、レモン汁大さじ1、塩小さじ1)を鍋に入れ、中弱火で煮る。白いかたまりと、うっすらとした色の水分に分かれたら火を止める。」「カリフラワーは固い葉をのぞき、洗って冷水につけておく。蒸気の立った蒸し器にカリフラワーを丸のまま入れて、強火で15〜20分ほど蒸す。指で触るとふわふわした感触になり、何の抵抗もなくくずれるくらいになったら火を止める。」。何てことのない記述のようで、これから行うべきミッションがイメージとして浮かぶくらいにわかりやすい。最近はプロセスごとに写真をつけたレシピ本もあるが、能力がある料理家にかかれば文章のほうがずっとわかりやすいと実感する。
 後半のそれぞれのレシピにまつわるエッセイも素晴らしい。「新にんじん」のところでは、給食で食べさせられたミックスベジタブルを口にいれただけで気分が悪くなりながら、居残りをして無理して口に放り込んでいた思い出。味の求道者のような細川亜衣が給食を食べるまで居残りを強要されていたとは、学校はなんと野蛮なところか。しかし、案外給食は嫌いではなかったというのが面白い。缶詰のみかん入りサラダの汁がしみた揚げパン、担任の先生がスパゲティミートソースに付け合わせの千切りキャベツをぐちゃぐちゃに混ぜて食べていた様子、同級生がバターのおかわりに手をあげて溶けかかったそれをそのまま食べてしまう様子…。給食の思い出、つられて思い出しそうになる。
 「グリンピース・ペパーミント・バター」のところでは、イタリアでデザート代わりに食べた、塩も何もつけない生のままのグリンピースの甘さ。食べたことがなくても、わくわくしてくる。
 「抜き菜・生クリーム」からは、家の裏の小さな畑に種を蒔いてしばらくすると出て来る生命力ある若葉の、その繊細な姿に似合わない、しっかり主張する香りがしてくる。そして、皿に山盛りにした抜き菜が煮えたぎったスープに合わさったときの、さらに青々として映る刹那の瞬間にも立ち会えている気がする。
 「季節の野菜」では、イタリアへ行くまでは「ミネストローネはさいの目に切った野菜やベーコンをトマト味で煮込んだ水っぽいスープ」と思い込んでいた細川がイタリアで自分の拙いイタリア語が通じるかと緊張しながら頼んだミネストローネで、それが野菜が渾然一体となったとろりとした食感のもので、ベーコン等で野菜の生き生きした香りを消してしまうあれとは違うとわかったこと。冬には感想豆や白い根菜をとろとろに。春には若草色の野菜をたっぷり使ってやわらなか青い香りのもの。夏にはよく熟れたトマトの水分だけで大降りに切った夏野菜を煮る。秋には栗や根菜やきのこで鍋の中を秋いっぱいに。どの料理もそうだが、素材を活かすということは、季節の味覚を大切にするということでもある。
 「季節や素材と話し合い」、「器の形も料理の味を大きく変える」と心得、同じ調理法でも素材を変えるとどうなるかとマンネリを嘆きつつもきらりと光るアイディアが生れて来るときに出会えると嬉しく思う。素材を見極め、ジグゾーパズルのように組み立てる作業が面白くてたまらない料理を考え抜く。イタリアに滞在する等、自由に旅をしていた細川が結婚を機に熊本へ定住することになり、溜まっていくものもあるのでは…と心配していたが、最後の言葉からすると、心配は無用だったようだ。「遠くへ行くことができなくても、できる旅もある。台所や鍋の中は、縦横無尽なのだから。長いこと根無し草のように旅を続けていた私が、台所の旅で満足できるようになったのも、人生のちょっとした収穫なのかもしれない」。
 日々せわしない生活に追われている私には、果てしない旅を続ける細川の背中を追うことすら難しい。しかし、クックパッド等「簡単!お手軽!」レシピをスマホでみながら作るのは少し控えて、きちんと作りたい、どんなものを食べるかは、どう生きるかに重なっている、そう反省させられた。(良)
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