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後藤正治「清冽――詩人茨木のり子の肖像」中央公論新社・2010年

  ばさばさに乾いてゆく心を
  人のせいにするな
  みずから水やりを怠っておいて
  …
  自分の感受性くらい
  自分で守れ
  ばかものよ
 1977年発表の「自分の感受性くらい」。当時、子育てと働くことの両立に疲れ苛立っていた私を鞭打ち、目を覚まさせたこの詩の作者茨木のり子は、それからもしばしば私を震撼させた。
 茨木のり子。1926年に生まれた。終戦のとき19歳。この時代をうたった彼女の代表的な詩も大好きだ。
  わたしが一番きれいだったとき
  街々はがらがら崩れていって
  とんでもないところから
  青空なんかが見えたりした…
 彼女より1世代以上若かった、したがって終戦を幼児時代に迎えた私にも、突き抜けるような空の青さとすべてが焼け落ちすっからからんの変な明るさが「戦後」として鮮烈に思い出されるのだ。
 20世紀も終わろうとするとき、私はまた茨木の詩「倚りかからず」(1999年)に大きな衝撃を受ける。
  もはや
  できあいの思想なんかに倚りかかりたくない
とはじまって、「宗教」「学問」「権威」などによりかからない、よりかかるとすれば
  それは
  椅子の背もたれだけ
 この詩に宣言したように、彼女は自立して生きていく姿勢を月日のみを空白にした遺書を残すことによって完結させた。2006年2月、79歳。
 「清冽」という本書のタイトルは茨木のり子の生き方を端的に示すものとして、茨木の評伝にもっとも似つかわしく、すばらしい。
 茨木のり子は医者の娘として生まれ、幼いときに母と離別しているがそれ以外には経済的にも精神的にも豊かな生活をして、何も疑うことなく清純な「軍国少女」であったらしい。それから一挙にアメリカ民主主義の洗礼を浴びる過程に葛藤があったはずと思うがそのあたりのところにはほとんど触れられていない。その後、医者と結婚し20年足らずで夫を病で失い、それ以後シングルで生きている。シングルで生きることの辛さ、寂しさ、頼りなさ、不安などもほとんど感じられない。挿入されている何枚かの写真は彼女の「清冽」ともいうべき美しさを十二分に伝えている。でもなんだか物足りないなあと思うのは、私が俗っぽいからだろうか。
 書き手自身が言っているが、茨木はどう取材しても批判めいたことを口にした人がいないという。確かに、詩人仲間、少女時代のお手伝いさん、親戚、友人、編集者など幅広く取材がなされているが、茨木には影というものが見当たらない。芸術家というものはとくに歌人とか詩人といわれる人々は、多かれ少なかれドロドログチャグチャした面を持っているという偏見が叩き伏せられてしまう。
 若いころ詩論を勉強したという書き手が茨木のり子以外の詩人についてもその詩に分け入って解説している。それが成功しているかどうかは判断が難しいところ。(巳)
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