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加納実紀代『ヒロシマとフクシマのあいだ―ジェンダーの視点から』インパクト出版会2013年

 「トリニティの青い空」というすてきなタイトルの序章で本書は始まる。
 トリニティとは、ニューメキシコの基地の町。1945年7月、ここで世界はじめての核実験が行われた。大きな穴が核実験の痕跡として残されたが60年代には埋め立てられ、爆心地に記念碑が建てられた(「グランドゼロ」)。アメリカ空軍のミサイル実験場になっているが、年に2回一般開放される。著者は1999年、この地を訪れる。駐車場には家族連れ、幼い子どもやペットを乗せた車でいっぱい。あかるく笑い声がたえず「グランドゼロ」の前で記念写真を撮るために行列ができていた。
 広島で5歳のときに爆心から2キロ弱の場所で被爆した著者自身もこの行列に連なりながら、激しい違和感、怒りにとらわれる。人々はなんのためにここにくるのか?ここで何を感じて帰るのか。
 3・11以後、著者は「なぜ被爆国が原発大国になってしまったのか」と「一瞬前まで一緒に遊んでいた友だちが原爆で苦しみ死んでいくのを目の前にした経験をもつ自分が原発阻止にもっと積極的に動けなかったのか」という『慙愧』の念に駆られながら、戦後の日本を「核」を軸に再検証したのが第T部「ヒロシマとフクシマのあいだ」である。ここで著者は「被爆」という被害者体験と同時に戦後すぐに「原子力の平和利用」という名のもとに原子力をすすめてきた力を明らかにする。それはもちろんアメリカの政策、日本の資本主義の要請でもあるのだが、そこに女性も参画したという面を見逃さない。
 「生命を生み出す母親は、生命を守り、生命を育てることを望みます」というスローガンで有名な母親大会の大会宣言には「原子戦争を企てている力を打ちくだき、人類の幸福と繁栄のために原子力をもちいなければならない」とある。たしかに冷蔵庫、洗濯機など女性の家事労働からの解放のためにはぜったいに電力が必要であり、そのためにも「原子力」の利用が推進されたのだし、『原子力』を「希望の光」と見た(それが操作された情報のせいであるとしても)時代があったのだという事実を忘れるわけにはいかない。
 第U部「反核運動と女性」。3・11以後放射能汚染から子どもを守ろうといちはやく立ち上がったのはやっぱり母親だった。放射能の被害は永続性にある。個体にとどまらず、世代を超えて連鎖していく。つまり「障害児」を産みたくないということが反原発運動の中心にある。このことに対しては障害者団体から激しい批判がある。著者は言う。「障害のある子を『産みたくない』と思うことと、障害のある子を『ありのままの生命』として受け止めることは矛盾対立するものではありません」と。被爆を体験し出産のときは祈る気持ちだったという経験を2度もしている著者の言葉だけに重みをもつ。
 母性、命を生み育てる母親の立場からの反核平和運動に対して、フェミニズムからも鋭い批判がなされている。その立場に与しながら、しかし、目の前にある小さい命への共感と、命の連なりへの実感を大事にしたい、「母性」批判が産湯とともに赤子をながすことのないようにと、注意深く書かれた「当事者性と一代主義」は、著者自身も述べているようにまだ「不十分」であるように思われる。これはぜひしつこく追求してほしいテーマである。
 イギリスのメアリー・メリーというフェミニストの面白い考えが紹介されている。現在あるのは家父長制ではなくて家子長であってこれこそを打倒しなければならない。現代の男は、家父長制時代の男が持っていたよかれ悪しかれ家を守るという責任感などまったくなく、自分の好奇心だけを満足させる「わがまま息子」のようなものだ。今男たちはハイテクを駆使してしたい放題、家族の未来も地球の未来も考えない。無責任な家子長制が地球を破滅させようとしている現在、女性は禁欲・抑制の価値を男たちに提起していかねばならない。やはり「王様は裸だ」といえるのは、女子どもなのだ、と。
 しかし、「今世紀最大の発見である原子エネルギーが、人間の労働を軽くし、人類の進歩のみに役立つように使われることを、熱烈に望みます」(世界母親大会呼びかけアピール)とあるように、女性たちもまた禁欲・抑制的であるとは思えない。残念ながら、女性に過大な期待を持てないと思うのだがどうだろうか。
 原発が「トイレを持たない巨大マンション」であることが明らかになってしまったいま「原子力の平和利用」ということはもうありえないのだろう。とすると、いままで私たちが享受してきたものをかなりの程度「断捨離」する必要がある。この覚悟が私たちにできるのか。本書はそれを問うている。

 1980年代90年代の講演再録や論文を含んでいる本書のどこを読んでも「ふるい」と思えないのが今の日本の悲劇である。そして3・11からまだ2年というのに「風化」(「風化させるな」と表面上はいいながら『風化』に手を貸しているマスコミ!)という言葉が大手を振っている。何回私たちは後悔すれば目が覚めるのだろう。(巳)
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