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中井久夫『「昭和」を送る』みすず書房 2013年

 中井久夫のエッセイの言葉の数々は、平易でありながら、いやだからこそか、深く深くしみ込んでいく。
 知らない薬のことも、中井のエッセイ中、具体的な患者たちに出会い、迷いながら処方し、その結果思わぬ好転がみられたことを追いながら、いつの間にか中井とともに、「とうに特許が切れて安くなっていて赤字になってしまっても、廃止は待ってほしい」と製薬会社に祈るように頼みたくなる。
 中井が出会った患者やその家族の過去や現在に思いを馳せる。患者たちが「家庭平和は自分が担っている」という自覚をしていることが多々ある。たとえば、ある患者は、寛解の途中に決まってけいれん発作を起こしたり、幻聴が再開したり、悪夢をみたりして、治療は振り出しに戻る。患者の両親は別居していたが、子どもの主治医である中井に会うときだけ、父の運転で母も来て、皆で昼ご飯を食べる。これでは、患者は安心して治れない。別の患者が中井の提案に応じて描いた家族を怪獣に見立てた絵画は、それぞれが光を放ち、患者が家族の平和を願っていることを示していた。その絵画を描き終えた患者は、中井と散歩に出て、「今日は空が広いですね」と言ったという。その抑揚もテンポも何もかも忘れられないと言いつつ、中井はこういった感動に酔いしれていては治療者はつとまらない、いかにして日常に戻ってもらうかを考えねばならないとも言う。確かに、と私も我に返って考える。
 既に逝った師や後輩たちを悼むいくつかの文章を読んでいくと、全く知らない彼らのあたたかさ賢明さを具体的に知り、ともに彼らを悼む。在日朝鮮人の安克昌先生は、39歳という若さで亡くなった。精神科医になってしばらく後に「在日にはアルコール症が多いので、それをやろうかと思います」と語ったが、その種の気負いは早く捨てたようだった。しかし、解離や多重人格患者の診察について、自分は男性なので(女性の特に性被害者に対して)ハンディがあるが、「在日ということで少し許してくれているところもあるのです」と漏らしていたことがあった。中井の祖父が韓国統治に反対して上申書を提出し、中国に亡命したことをどこかに書いたので、安先生も中井を「少し許してくれている」ところがあったのか。安先生を看取った母は、「立派な死でした。あんなみごとな死はありません」と述懐している。母としてまだ若い子の死に臨むのはどんなに辛いことだろう。その母を「立派な死」と思わせたその人の潔さに、打たれる。
 阪神・淡路大震災を忘れないエッセイも続く。神戸の震災直後、孤独の中でリーダーシップを引き受けた医師たちが享年39歳、享年52歳で早世してしまった。PTSDだけが震災の心理的被害ではない。目立つのを極端に嫌った医師たちだが、小さな記念碑を記したいとエッセイは締めくくられる。
 医学界や政治の状況を声高ではないが力強く批判するエッセイの数々も示唆に富む。中井と同世代で集まると、日本の将来を憂える声が多い、特に、扇動に乗ってどーっと一方に傾く傾向に不安を感じているという。中井らの世代が消え去っていくと、こうした不安や懸念も同時に消えてしまうのか。それでも、中井は諭すように繰り返す。島国である日本は、石油や食料など生命にかかわる物資の輸入は、平和を前提にしている。いたずらに強がることなく、脆弱性を直視しつつ、外交力を発揮しなければならない、などと。
 本著の中で注目を集めているのは、タイトルにもなった「「昭和」を送る」と題されたエッセイである。このエッセイは1989年に書かれたが、中井は長らく単行本に収録する気力を失っていたという。というのも、執筆した後に世に出た二つの文章により、昭和天皇は、中井が許容し得ない一線を超えたのかもしれない、と感じたからである。このエッセイで、中井は、象徴天皇制の是非論を展開するのではない。「天皇」を「父親」が投影されているスクリーンに過ぎないとして、われわれも「良い陛下」「悪い陛下」の内なる分裂を克服してもいいのではないか、等身大の昭和天皇を求めてもいいのではないかといい、実際の昭和天皇の特質は、「距離を置いて客観的にものを眺めること」、知的離脱性だったと分析していく。「皇太子機能」というものを抽出し、現天皇夫妻の皇太子、皇太子妃としての活動を肯定している。
 あとがきには大変興味深いエピソードが記述されている。東日本大震災のとき、厚労省は突然ものわかりがよくなり、抗精神薬の郵送を禁じる法があっても柔軟になった。日赤の名誉総裁も兼ねる皇后が、厚労省の係官を呼んで、「こころのケアはどうなっていますか?」と質問のかたちで働きかけていたのである。阪神淡路大震災のときに、NTTは中井に「あなたに東京までの回線を保証します。これは皇后陛下の仰せによるものです」と連絡し、それにより中井は恩師の土井健郎から教えを受けることができた。天皇夫妻は、政治活動は禁じられているが、質問はできる、態度で示すことはできる、と考えているのではないか、と中井は信頼に充ちて記す。その余のエピソードからしても現天皇夫妻を私も信頼する。
 それでも、「「昭和」を送る」のまとめ部分にある、「象徴大統領制が象徴天皇制に劣るのは、皇太子相当の機能部分を持たないことである。」といった言葉を咀嚼できず、戸惑う。中井自身、戸惑いを感じ、単行本に収めるのをためらっていたが、東日本大震災での皇后の働きかけなど、現天皇夫妻に尊敬の念が募り、今回収めることにしたのであろうか。しかし、機能をも論じているのに、つい人となりへの信頼に拠ってしまっているように思えてならない。洞察力の深い中井の論稿である以上、私の読みこみ不足かもしれない。
 中井がエッセイを書いた当時よりも政治は劣化しつつある。更なる執筆に期待したい。(良)
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