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小林カツ代著『小林カツ代のお料理入門』文春新書 2015年

 おおお。小林カツ代って素晴らしい。そうしみじみと再確認した。実は、「小林カツ代のレシピは、肉じゃが、ハンバーグ等、もう今更わざわざ読み返すほどでもない、ごくふつうの料理。どうせレシピ本を買うならもっと小洒落たもんにチャレンジしたいな〜」と「今更」感を抱いていたことを自白する。おなじみのものを美味しく、それも手軽に作るコツを伝えるって、そう出来ることではない。それを絶好調な筆力で実現している小林は本当に偉大だ。
 手順ごとに写真が細々載っているレシピ本もあるが、そんなものより小林の文章のほうがイキイキと「どのタイミングで・何を・どの程度すればいいか」を伝えてくれる。「(葱を)鍋底にびっしり敷きつめて。葱がピカーッと焼けてくる。焼きめもつきはじめる。そこへ肉を広げて載せる。砂糖はパパパッと肉の上前提にふりかけてから、醤油、酒を入れて、ジュクジュクしてきたら、葱ごと卵をつけて食べる。」(ひとりすき焼き)などなど、「ピカーッ」「パパパッ」「ジュクジュク」といった表現により写真や動画をみているよりはっきりイメージが出来る。じゃが芋が熱いうちにマヨネーズを混ぜるべき、「冷めてから混ぜると、『混ぜました味』になってしまいます。熱いうちだと、『溶けました』味」になる」(ポテトサラダ)というのも、おお絶対に熱いうちに混ぜようと読者に決意させる説得力だ。
 大切なことをシンプルな言葉で続々と教えてくれもする。「混ぜると、かき混ぜるは違います。かき混ぜると、こねてしまうことになって、粘りが出てしまう。ご飯に空気を入れる気持ちでやってください」「料理は火をつけることと同じくらい、火を止めることが大切なんです」(オムライス)、etc。
 料理家は「主人や子どもたちに美味しいものを食べてもらいたい」と家族、それも近代的な核家族でいることの「素晴らしさ」をガンガンとアピールする傾向にないだろうか。小林カツ代さんは、料理家に珍しく、それもかなり前から、「大勢でも、家族とでも、自分だけでも」楽しく作って美味しく食べようというメッセージを発信してくれていた。「手作り礼賛」でもなく、何かおかずを買ってきてもOK、それをちょっと一手間加えればさらに美味しくなる、といった提案をしてくれた。本著でも、煮魚のところで冷凍の「さとまるく〜ん」を魚を煮る前の最初から煮汁に放り込んでおく、などさらりと書く。そう、里芋の皮をむくって、いくらおいしくてもおっくう。冷凍品を使ってしまえばいいのよ、とポン!と肩を叩いてもらえたよう。
 最後のエッセイ本となった「料理のへそ!」を再編集した本著には、子どもたちが自立した後「家に帰ってチャチャチャッと10分位で作って、のんびり美味しいご飯が食べたいのよね。デパ地下で何を買おうか迷っているあいだや、はたまた買うのに悩んでいる間に作れてしまう料理って、ゴマンとあるのよ」と言っていた小林がその「ゴマンのコツ」が満載されている。ひとりご飯は「孤食」等寂しいイメージで語られることが多い。高齢化社会で高齢者一人用のレシピ本もあるが、「寂しいけど仕方ない。少しでも健康を保ち長生きせねば」といったマジメではあるが心躍らない本ばかり。しかし、本著は違う。ひとりご飯だからこそ美味しい、とウキウキするようなレシピである。「自分だけで抱えて食べるひとりすき焼き。説明しがたいワクワクがある。」、炊き上がったご飯の表面をしゃもじで取って塩をかけて食べる、これは家族や友だちとワイワイ食べるのでは味わえない、「一人で食べて美味しいもの」だというご飯のあたりは、いつも一人ご飯のときは「外食しちゃえ」派の私でも「今度は一人ならではの美味しさを味わいたい!」と思えてくる。鯛茶、鰻茶…いろいろ楽しみ!
 「定説」が自信をもってあっさり斥けられるのも快い。「じゃが芋は四つに切って2センチぐらいの厚さにざくざく切り、水をヒタヒタにして茹でる。丸のまま茹でるのがいい、ということになっていますけど、いいんです。大きいままだと、じゃが芋は芯が出来ることが多い。」(ポテトサラダ)など、目からうろこである。焼き茄子も、なんと皮をむいてから焼けばいいとか。
 野菜も「健康のために食べろ」という義務感ではおっくうになるだけ。まずはカイワレ大根などすぐ使える野菜からはじめて、ふろふき大根もちっとも難しくないなど、続々と簡単レシピを紹介してくれる。
 スーパーでも買えるような調味料のラインナップ、揃えておきたい調理器具等についても親切な説明がそえられている。長年調味料に凝らないと言っていた小林がここでは「塩は楽しんでもいいかもしれません」として、カリフォルニア州のデスバレーの塩を紹介しているのも、まあ柔軟でいいじゃないのとほほえましい。ふだんのふつう料理でも少しくらい凝ってもいいではないか。
 「入門」とあるが、全く経験がない人でもいきなり美味しいものが作れるし、そこそこ経験のある人にとってもいつもの料理が「こんなコツで美味しくなる!」と気づくことができる、とても良い本である。それでも…。いつまでもいつまでも私たちを「大丈夫、それでもっと美味しくなる」と応援してくれるレシピを出し続けてほしかった。ところどころで読みながら涙で文字が滲んだ。こころよりご冥福をお祈りします。(良)
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