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千田有紀・中西祐子・青山薫『ジェンダー論をつかむ』有斐閣 2013年

 有斐閣のテキストブックス「つかむ」シリーズの1冊であるがゆえのタイトルだが、実に本著にふさわしい。ジェンダー論の多層的な問題を次々と取り上げ、解説してくれる。テキストというが、以前からジェンダー論に関心のある読者が最先端の論点を考察するにも適している。非常に身近な問題、何にも気にしていなかったような事象(たとえば、大学生の「席取り」現象の不思議=教室内で男女別々のグループを作って座る)を取り上げ、ジェンダー論から分析していくというスタイルをとっているので、入門書としても取っかかりやすい。
 薄い手ごろな1冊であるが、取り上げる問題は実に幅広く、そして深く掘り下げられていて、著者たちの巧みな筆さばきに唸る。
 性別・ジェンダー・セックスとはなにか。セックス=生物学的性、ジェンダー=文化的・社会的性別。そう呼び分けすることで、文化的社会的なジェンダーは変えられる、という期待があった。しかし、セックスも実は、社会的・文化的につくられている。
 家族もまた、自明ではない。家事労働や育児を担う主婦、大黒柱として家族を支える夫、かわいがりの対象である子どもからなる近代家族も自明ではない。家族が私的領域とされることで、家族の内部の力関係が無視された。虐待はしつけの名のもとで正当化され、DVも、不可視化されてしまった。第二波フェミニズムのスローガン「個人的なことは、政治的である」は、「私的」な領域が権力と関係ないことはないという異議申し立てだった。近代家族を支えるロマンティックラブイデオロギー・母性愛イデオロギーとは何か。少子化・未婚化がどうして進んでいるのか。
 ジェンダーに関わる労働の問題も多岐にわたる。女性が雇用形態や賃金において受けてきた差別の実態(賃金格差・コース別人事…)。職場における様々な性差別(能力主義が内包するジェンダーバイアス、セクシュアルハラスメント…)。社会保障の制度設計が「世帯」を単位にしていることから、シングルマザーなど「標準的なライフコース」を外れた人たちが社会保障からこぼれ落ちてしまう。ネオリベラリズム(新自由主義)のもと、女性の非正規雇用化は進行していく。行政が主導するワークライフバランスですら、達成はほど遠い。男女とも働きやすい環境の整備、保育所の拡充が必要だが、むしろ逆行している実態。性別役割分業のもと、「無償労働」(家事労働、ケアワーク、感情労働など)を女性が担ってきた。解決のために、「家事労働に賃金を!」運動が展開されたが、批判を受けた。差別や搾取の解消にはどうしたらいいのか。未だ議論の決着はつかない。
 他の社会組織に比べジェンダー平等が浸透しているとみなされる学校でも、かくれたカリキュラムでジェンダー秩序が再生産されている。形式的に教育機会が平等化してもなお、結果の格差は是正されていない。「ジェンダーフリー教育」と称される教育実践への誤解と政治的論争も解きあかされる。
 日常生活の中のジェンダー。ジェンダーも「キャラ」の演出の一種ともいえる。ファッションは、自身のジェンダーを演出する小道具。私たちは、性別二元論のルールに忠実に従っている。街中でのストリートハラスメント、デートDV、性暴力。それらは、この社会が共有する「男性性」と無関係ではない。それでは、旧来の「男性性」を定義しなおすことが、防止につながるのではないか。性暴力撲滅に向けた運動が始まっている。
 普遍的で重要な概念である人権。しかし、この概念の誕生時には、「女性の人権」が抜け落ちていた。ジェンダー概念は、人権概念を批判的に検証し、変化させていく原動力であり続けている。戦時性暴力のunitでは、多くの問題が問いかけのまま終わっている。「従軍慰安婦」問題は、「民族」と「ジェンダー」の問題を別個に考えることには意味がない。ではどう議論すべきか。国家が拷問を加えるときに、その対象が女性の場合、性的な身体的部位が対象にされる。性に対する暴力が懲罰的に女性に加えられる、これをどう考えるか。ある種のポルノグラフィは、性を暴力的に描いているのではなく、暴力を性という衣をまとわせているものがある。このことは性と暴力の結びつきの欲望を示唆しているのか。
 性と生殖に関する権利は、すべての個人の人権であるが、管理され、ときに侵害に結び付く。中絶に関連して「女性の性と生殖に関する権利と胎児の生きる権利の対立という難問」に言及されているが、フェミニズムはこのような二項対立の問題設定自体に疑問を提起してきたのではなかろうか。性と生殖に関する問題は非常にデリケートで難解であり、丁寧に議論を重ねなければならない。他の問題はともかく、この問題に関しては、多数の問題を扱うテキストという紙数の制約により、やや駆け足気味の恨みがある。
 買売春、セックスワーク、ポルノグラフィを取り上げながら、性の商品化の何がどのように問題化が掘り下げられる。
 最終章では、フェミニズムの歴史を概観するとともに、フェミニズムが目指す女性解放が、様々な緊張関係をはらむことを紹介する。中絶に関しては、障がい者差別解放運動と対立することとなった。フェミニズムが自明視していた異性愛中心主義は、レズビアンなど多様なはずのセクシュアリティを見えなくしてしまった。階級や人種民族に関係ない「女性」一般の問題と設定することにより、第三世界の女性たちから、鋭い批判をも受けた。確かに、抽象的な「女」などいない。しかし、対立を実体的にみるのではなく、人々がどのようなカテゴリーにあてはめられ構成されていくかを、ポスト構造主義的な理論のもとで検討する実践が続けられてきた。
 若干難を言わせてもらうと、難解な問題を親しみやすくということで、「ですます」調が選択されているが、私にとってはかえって冗長で読みにくい。てきぱきと「である」調にしてほしかった。また、各unitの終わりの文献紹介が3、4冊程度というのも、物足りない。巻末に多数の参考文献が章ごとに紹介されているが、あやうく見落としそうであった。せめて章ごとに紹介してほしかった。
 しかし、そんな些細な注文はともかく、多数の問題が網羅されており、お買得の1冊である。(良)
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