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菊地正浩『地図で読む東京大空襲 両国生まれの実体験をもとに』草思社 2014年

 両国(本所区(現墨田区))の回向院の裏あたりに住んでいた著者は、東京大空襲(1945年3月10日)を6歳のときに体験した。戦争体験を記述した本はたくさんあるが、当時の子どもが体験した記述は多くない。数え年で8歳以上の「少国民」は学童疎開で東京を離れていた。あの日の出来事を体験し記憶しているのは就学前だった自分の世代がぎりぎりだ。そして、東京に残っていた子どもたちは多数犠牲になった。生存した子どもとして書き残したいと、70年近く経った今、まとめられたのが本書である。
 本所区の戦前の暮らしから書き進められる。著者の母美枝子の生家は、相撲部屋の町にあり、各相撲部屋に中元歳暮を届ける役目は美枝子の役目だった。ミエコーをかわいがってくれたおかみさんたち、力士たち。様々なお店の情景。ライカのカメラ好きで、コーヒーサイフォンで炒った豆を沸かして飲むハイカラなサラリーマンの父と母のもとでの楽しい子ども時代。竹馬、凧揚げ、缶蹴り…。暗くなるまで遊んでいた。しかし、著者には幼馴染がいない。遊んでいた子どもたちは、空襲で死んだのだ。
 やがて戦況が厳しくなり、1944年1月、父が出征。幼い著者は、その意味を深く考えることもなく、見送った。父は二度と戻ることはなかった。戦後しばらくして厚生省から「遺骨を引き渡す」と通知があり、母は丁寧にお礼をいって大事に抱きながら帰宅した。しかし、どうも様子が変だと意を決して蓋を開けてみると、ただの石ころが2、3個入っているだけだった。母は「馬鹿にするな」と厚生省へ返した。しばらくするとまた通知があり、同じような骨箱を渡された。今度はその場で蓋を開けたところ、新品のメガネと包帯が入っていた。戦場で駆け巡り戦死したのに、新品であるはずがない。要するに遺骨も遺品も収集していないと悟る。一方で國神社として「英霊」として祀りながら、他方で遺族には石や見せかけの「遺品」を渡すのか。著者の慨嘆はもっともである。
 無差別攻撃であった東京大空襲の惨状は凄まじい。耳をつんざく爆音、空からも横からも下からも火の粉が飛ぶ。同時多発火災で多くの人が亡くなった。髪の毛が燃えて「助けて」と叫ぶ女性、用水桶に身体を沈め助かろうとしても息継ぎのため顔を出した途端気管を焼いて焼死した人、防空壕にいたまま蒸し焼きになった人。関東大震災時の避難の経験から、母は著者ら子どもたちを連れて、神田川沿いから万世橋、上野公園へたどりついた。上野公園は延焼を免れたが、ただの運である。別方向に避難した人たちは助からなかった。本所区の人口は約10万人、その半分の約48,000人が犠牲となった。翌日自宅に戻ると、一面焼け野原で、どの家も跡形なく、瓦礫ばかりだった。黒こげに焼けて固まった炭のような遺体がそこここにあった。なぜか男はうつ伏せで、女は仰向け、赤ん坊を抱えた母親はうつ伏せ。隅田川には、人が折り重なるように死んでいた。人に人が乗り、弱者ほど上から踏みつけられ、水の中に沈んだ。学校の校庭のプールでも弱者は踏み台のようにプールの底に沈んでいた。溺死のため皆膨らんでいた。個々の記述のリアリティに目眩がするが、耐えて読み進める。しかし、これでも抑えた記述のようだ。「ここまでたどり着く間の光景はあまり話したくない。思い出したくない」とも書かれてある。
 米国の発表によると、日本本土への爆弾は、総重量16万1425トン、B29爆撃機の延べ出撃は33,041機。東京は130回の空襲により、死傷者行方不明250,670人、被災者は3,044,197人にのぼった。当時とは比べ物にならないほど兵器の殺傷能力が「向上」した現在、戦争などしたら、どうなるのか。身震いがする。
 地図研究者である著者ならではの特長として、本書には、『全国主要都市戦況概況圖』を参考に、東京各地、さらには主要都市の被災地図が収められている。真っ赤に塗りつぶされた地図に押し潰されるような思いがする。なぜここまで無差別攻撃を受けても、1945年8月まで戦争を止められなかったのだろうか。『全国主要都市戦況概況圖』が作製されたのは1945年12月。終戦による外地からの引き揚げ、兵隊の復員に対して郷里の状況を説明することが目的だったという。著者は、わずか4か月でよくこれだけのものを作ったと感嘆する。おそらく、編集、製図、製版、印刷の方々が、夜を徹したのだろうと。彼らは、日本全国各地が焼け野原になったことを確認する作業をどんな思いでしていたのだろう。
 他方、米軍が作製した日本の地図も興味深い。非常に正確な作戦用シート図を作製し、戦車が通れない水田、戦車が通れる県道などを明記していた。地図も中立ではなく、軍事用に利用される。
 地図での再現と、子どもの視点での体験。薄い本であるが、戦争の重要な記録である。(良)
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