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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
安藤ゆき『町田くんの世界』1巻〜3巻 2015年〜2016年

 少女漫画でヒロインの恋愛相手の正統派は、今も昔もかっこいい男。何でもパーフェクトでなくひねりはあっても、何かには秀でている。不細工でもガタイがでかく、腕っぷしが強いとか(『俺物語』の猛男)、クールでイケメン、成績抜群とか、多少いじられ系でも陽気でクラスの中心とか…。「俺の言うことをきけ」とドSで俺様系もまだまだ多い。しかし、町田くんは昭和の小学生のような坊ちゃん刈りにメガネ、地味すぎる外見からは成績優秀そうに思えるが実際は中の下、アナログ人間で不器用、運動神経もない。こんな地味なヒーロー、少女漫画に未だかつていただろうか。
 しかし読み進めるうちに、町田くんに恋する美少女のクラスメイト猪原さんがいう町田イズム、町田くんのおばさんカズミちゃんがいうナチュラルボーン(=全く意図はしてないままに人をぐっと幸せにする殺し文句を発することができる)の魅力にやられる。成績の上下とか、みんなにナめられているいじられキャラとか陰気キャラとか「ブリッ子の男たらし」とか、そういった物差しやレッテルでは人を判断しない。人を尊重しましょう、思いやりを持ちましょう。そんなことは、退屈な道徳の教科書で説教されるよりも、「こういう場面でこういうことを言ってくれたら、してくれたら、どんなにうれしいだろう」と思えることを次々と、それも周囲のたくさんの人にしている町田くんの「活躍」が丁寧に描かれているこの漫画を読むほうが、きっと腑に落ちるはずだ。
 町田くんは人が好きなのだ。だから人も町田くんを好きになる。人を丁寧に気にかける。なみたいていのことでは怒らない。弟が植木鉢の水やりを洗面器でやろうとしたら転んで町田くんに派手に水をかけてしまう。でも町田くんはまず弟に「いつも水やりをしてくれてありがとな」とねぎらったあと「じょうろを使おうな」と言う。太めの教諭に「痩せましたね」と声をかけて喜ばせる。ボールが頭を直撃されても、そのボールを投げた野球部員に「レギュラー入りおめでとう」と声をかける。でも、力がないのに、暴力をふるう人や人を蔑む人にはき然と立ち向かう。おお、かっこいいってこういうことなんだ、とも思えてくる。
 こんな町田くんが一家に一人いたら、みんな幸せになれそう。こんな町田くんがいてくれたらなあ、と読者は皆思うはずだ。どうしたら、家族に町田くんがいてくれるのか。ヒントもある。お母さんが、自分が気がつかないことを気がつく町田くんを「尊敬しちゃう」とにこにこ繰り返し言うとか。でも、そんなお母さんでも、下に何人も妹弟がいて(2巻目でついに第6子誕生)、一番上の町田くんのことはつい後回しだったことも。そんなときお母さんの妹のカズミちゃんが町田くんを可愛がり抱きしめてくれた。そのカズミちゃんが不妊で悩んでいるのに、鈍感なお母さんは「まだ子ども作んないの」と言って傷つけてしまう。町田くんはカズミちゃんが傷ついているのを感じ取る。そして、慰めるのではなく、幼いころから自分を愛情をもって育ててくれたことに感謝して、カズミちゃんを感動させる。町田くんは、自分こそ他者に愛情をかけられ、大切にされてきたから、人が好きになれたのだとわかってもいる。
 対照的に、他者に愛情をかけられてこなかった猪原さんは、当初人を信じられず、自分も大切にできなかった。お父さんとお母さんが不仲な上どちらも自宅によりつかず、放置されていたし、中学校ではシカトされた経験がある。そんな猪原さんが町田イズムに惹かれ、町田くんを恋するようにまでなっていくのが愛おしい。一巻では町田くんに手を触られて「キモイ」とはらった猪原さんが、3巻では、ものもらいをして眼帯をした町田くんに手を貸し、「何かあたしにできることがあったら言ってね」「目治ってからもだよ」「あたし町田くんに大事なものいっぱいもらっているから返したいんだ」とはにかみながらつぶやくのが愛おしい。人に大切にされたら、おのずと返したくなるのだ。
 しかし、町田くんは、万人を平等に好きで他者の様々な思いを繊細に察して気遣うことができるのに、いやそれが仇になってか、猪原さんのどんどん積極的になっていくアタックには気づくことができない。誰の心もあたたかくするナチュラルボーンに、一人の人を特別にみなす恋愛ができるのだろうか。生まれながらの聖人のようでいてほしい反面、傷つき閉じこもっていた猪原さんの恋が成就してほしいとも、お母さん世代(もっと上か)として、次巻以降も大いに気になる。
 少女漫画の王道雑誌である別冊マーガレットに連載されているものの、ちょっとした人間関係にイラッときたり、日々の仕事やら何やらで疲れて心がササクレてしまいがちだったり、子どもを成績等ありきたりの物差しでみて「あーあ」と決めつけてしまいがちな中年世代にこそ、熱烈におススメしたい漫画である。(良)
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