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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
「愛と怒り 闘う勇気」(松井やより・岩波書店・2003年)

 育児と働くことの両立に苦戦しているとき、たまたま集会で松井さんの講演を聞いた。スゴイ女性がいるものだとびっくりし、とても励まされた。風穴が空いたような爽快感があった。それからも松井さんの行動から目が離せなかったけれど、あまりにも行動的なことに気後れがして結局お近づきにはならなかった。
 本書を読んでみると、私が聞いたのは多分松井さんが日本の男性のキーセン旅行を批判したころであったから、東京オリンピックの女性村に入るための要員として朝日新聞社に採用され(と松井さん自身が書いている)、その後公害告発などに鋭い筆を振るって「女性もやるじゃないか」と高い評価を得ていた松井さんが、新聞社から干され始めた時期に当たっている。買春問題(この言葉自体、松井さんがつくった)は、男社会に匕首をつきつけたのだった。「ウーマンリブ記者」と揶揄され、「松井アレルギー」という言葉が社内に生まれ、女性記者たちは「松井に近づくな、松井みたいになるな」と説教されたという。あの自由と民主主義を標榜する朝日新聞が!
 子どもの買春問題、アジア女性への性的侵略、アジアへの「開発」という名の経済的侵略の事実を自分の足と目でしっかり見据えて、次々と告発する記事を書いても書いても没になる。この時の口惜しさを松井さんは、記事掲載を妨害した人を「機関銃で撃ちたい」と思ったとも、また「私のお葬式にはゼッタイに来てもらいたくない人」のリストを作ったこともあると書いている。どんなに無念であったことか。
 ここで、嘆いてばかりいないのが松井さんのすごさである。800万部の大マスコミが出来なかったことを2000部のミニコミに託したのである。77年に「アジアの女たちの会」を立ち上げ、以降彼女は2足の草鞋を履く。大マスコミの力も使いこなす努力をしながら(社内で記事の行商をしたと松井さんは表現している)、マスコミが取り上げない重要な情報をミニコミや講演会を通して発信し続けた。
 弱者・少数者の側に視点を置き、グローバルな視野を持った松井さんは、韓国・中国・フィリピン・インド・カンボジャ・シンガポールなどの国々に時には単身でのりこんで、そこに生きている女性とともに泣き彼女たちの声を日本に届け、そして社会を変えようと本当に命の最後の最後まで戦った。
 このパワーと勇気の源はなんだったのか。本書は彼女の父母の歴史まで遡り、「女性国際戦犯法廷」を開催し、そして2002年アフガニスタンで病を発見、80余日の闘病の結果亡くなるまでの記録であり、後に続く女性たちへの力強いメッセージである。
 「とにかく現場を歩くことよ」と松井さんにいつも言われたと後輩の記者が書いている。「現場」から、彼女は「闘う勇気」を得ていたのだ。
 仕事にだれたらこの本を読むことをおすすめする。きっと背筋がのびてシャンとするだろう。私は久しぶりに読書で興奮して眠れない経験をした。とくにジャーナリズムに働く人々にはぜひ読んでいただきたい。あまり時間のない方には簡潔にまとめられている「若い記者たちへ 松井やよりの『遺言』」(有志記者の会編・樹花舎)がおすすめ。病に倒れたあとで講演したものをまとめてあり、こころ打たれる。

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