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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
柚木麻子著『本屋さんのダイアナ』新潮社 2014年

 今年は『花子とアン』効果だろうか。子どもの頃暗記したほど大好きだったのにいつの間にか読み返すこともなくなった『赤毛のアン』が再び脚光を浴びている。これはしかし便乗本ではない(念のため)。恵まれた家庭のおだやかで美しく優しい子と恵まれない家庭だけれども輝くものを持っている子が出会い、親友となり、共に(数年間疎遠になるけれども)成長していく。あらすじを言ってしまうと、どうも古風な少女漫画風(いや赤毛のアン風か)。いやしかしだからこそ王道は強いといえるのか、刺激的で実験的な小説を読み、「今更赤毛のアンといわれても」と気取る大人であるはずの私でも、ひそかに涙腺が刺激される。
 10代のときに自分を産んだシングルマザー、ティアラに育てられてきたダイアナ(大穴…さすがにひどい)は自分の名前が大嫌い。読書だけがほっとする時間だ。自己紹介のあと嘲笑されるダイアナを、「変な名前じゃない。アンの親友はダイアナって言うんだよ」とかばった彩子。2人はすぐ親友になる。見守るティアラ、そして彩子の両親、学校の教師、ダイアナに思いを寄せる肉屋の息子(ギルバートではなく武田君)。彼らがダイアナや彩子にかける言葉が後のち伏線になって響いてくる。
 たとえば、ティアラが彩子に向かって言う一言。「優しくて上品なのは彩子ちゃんのいいとこだけどさ、男になめられるスキをあたえちゃだめってことだよ。いざとなったら、ガチで闘う気迫を持たなきゃ」。ところが、誤解からダイアナと絶交して数年後、彩子は大学のサークルの先輩に犯される。先輩に謝られたあと、「この男を自分の元に縛れば、あの事件はなかったことになる。自分は被害者ではなく、『彼女』になるのだ」と考える。ところが、武田君から、ズバリ聞きたくなかったことを指摘されてしまう。同じサークルの男たちから知り合いの妹がヤラれそうになったとして大学に苦情を言いに来た武田君に、自分も同じことをされたことを否認したい彩子は「それがそんなに大きな事件?お酒飲んだのもその子の意志でしょ?男が欲しくて出かけていったくせに」と言い放つ。武田君は失望しきった視線を向けて、「学生の悪ノリに見せかけて加害者と被害者の関係を曖昧にするとか、最悪じゃんか。自分を被害者だと思いたくないあまり、そのサークルに居続けて楽しそうに振る舞う子だって絶対に居るんだよ」。まさに自分のことを指摘された彩子は、酷い言葉を吐きつける。しかし、その後ようやく認める。
 彩子を犯した亮太も根っからの悪人ではない。無神経で臆病で怠惰な若者だ。だから憎むことができなかった。しかし、華やかに見えるサークルの男たちが、女を踏みにじることで、権力を保っている。踏みにじられた女たちは、男と一緒になって同性を踏みにじることで、自分たちが受けた屈辱をなかったことにしている。彩子は、学生課を通して大学側に訴えた。武田君の指摘のみならず、はるか以前のティアラのひとことも、彩子を後押ししたのだろう。それにしてもこのあたりは読み応えがある。性被害の被害者と加害者の間に全く恋愛に類した感情が動かないことはないし、だからといってやはり暴力的な支配はある。しかし恋愛に類したところもありその関係が継続し、暴力性が加害者のみならず被害者にもわからなくなるこの複雑な関係性について、フェミニズムが理解してもらおうと努力してきたところを、本書は実に明瞭に描き切っている。難しい論文よりも、このような読みやすい小説で性被害の問題が理解してもらいやすくなるのは、有難い(つい、弁護士目線に戻ってしまう)。
 ダイアナにとって、ヤンキーとしか思えず、好きだけど恥ずかしい母親ティアラが実は…等、読んでのお楽しみ。とはいえ、「そうだとしても、10代で一人で育てるって立派なようだけど、そうは上手くいかなから、そういうのをカッコよく描かないでほしいなあ。いろいろと頼りにするのも、父親に養育費を請求するのも、自立のうちで立派なのに」などと、ついこれまた「女性と貧困」を考えている弁護士としては口をはさみたくなる。
 成長にしたがって、完璧にみえた親が、愚かで疎ましい存在になる。しかしさらに成長すると、自分を思いやり心配し育ててくれたことに大いなる感謝を抱く。かつての幼いときの完璧な存在には戻らないけれども、今度はこちらからいたわりたい老いた存在に思えてくる。親との関係も、やや上下変動が激しすぎる気もするものの(そうでないと、小説にならないか)、成長過程で誰もが腑に落ちるところがあるのでは。
 「マジ受ける」といった今ならではの言葉遣いの多用により、若い世代にとって読みやすくなるかもしれないが、こういう言葉はかえって古臭くなりやすいので、あっという間にイタイ本(これも今どきな表現か)になりそうなのが惜しい。しかし、友情、親子関係、恋愛。大切なことをストレートに(それもフェミニズム的視点で!)伝えてくれる、良書である。(良)
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