判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
『自己決定権とジェンダー』江原由美子(岩波書店)

 代理母の是非が論議されるなど、女性の身体を巡る問題は日々新たな局面を迎えている。本書は、著者が東京都女性財団の委託を受け生殖医療の調査を行った経験から、女性の身体の自己決定権を確立するためにジェンダーについて考察した好著である。
 人工妊娠中絶について「女性の自己決定権」が語られるとき、胎児を自己の身体の一部として好きなように処分して構わない思想であるかのように誤解される場合がある。私の周辺でも「産む産まないは私が決める」というフレーズに対して、不遜と嫌悪感を抱く男性がいる。著者は、妊娠という事態が夫や家族など周囲の人々、社会や国家の影響のもとに置かれていて、だからこそそういう影響力から自分の身体を守る自己決定権の確立が求められると解く。なぜ未婚で子どもを産んではいけなかったのか、なぜ結婚すれば子どもを産まなければならないと言われるのか。女性の自己決定権が、家父長的社会という文脈の中に位置づけられる主張であることは明確である。
 そして自己決定権は、妊娠した女性の身体にのみ関わる問題ではない。そこから著者はさらに論を広げ、「身体」とは何かというところまで探ってゆく。物質としての身体、身体体験…身体は最も身近でありながら、意識によって完全にコントロールすることの不可能な存在だ。まして身体に伴う感情や情動は、意識してもなかなか変えにくい。ここで登場する「ハビトゥス(慣習行動)」という概念が興味深い。
 ハビトゥスに関する理論で知られるブルドゥーは、「女らしさ/男らしさ」はこの世の中でどれだけ空間を占めていいかという構えだという。なるべく大きな空間を占めるのが「男らしい」ことで、「女らしい」のは空間をなるべく占有しないこと−−はたと膝を打つ思いである。だから背の高い女は嫌われ、小柄で華奢な女が好まれるのか、電車でも女は両膝を揃えて慎ましやかに座らなければならないのか、と合点のいくことばかりだ。忙しい相手の時間を占有したり、複数の人が集う場で話題を独り占めすることに対し、多くの女性は申し訳なく感じているのではないかと江原氏は指摘する。
 これまで女性の自己決定権については、生殖と絡めて語られることがほとんどだった。本書は、意識的に変えにくい部分まで含め身体というものの深みに迫っている。近親間での生体臓器移植が増え、第三者の精子や卵子の提供による不妊治療を法的に認める準備が進む中、男性にも勧めたい1冊。(MY)



Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK