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中村智志『大いなる看取り 山谷のホスピスで生きる人びと』新潮社 2008年

 山谷の一角にあるホスピス「きぼうのいえ」。そこには,元タクシー運転手,シベリア抑留経験のある元鳶職,元板前,元731部隊員など,様々な人生を送ってきた人々が,迎え入れられている。
 筆者はこのホスピスで最後のときを迎えようとする(迎えた)人たちの生きざまを,丹念に描き出す。そこには「死」を前にした暗さよりも,最期のときを大切に生きる「生」の美しさがある。ある人は,映画のフィルム運び,風俗関係のビラのポスト入れ,捕鯨船の調理人などなど,「本人でさえ把握しきれない」多彩な自分史を誇り,きぼうのいえのお茶会ではその「武勇伝」で,毎回独演会となる人気者である。「武勇伝」が毎回ちょっとずつ違っても,そこを突っ込むほど野暮な人は,きぼうのいえにはいない。余命わずかと宣告された元板前は,スタッフへのお礼に,午前5時に起きて築地に買い出しに行った後,厨房に立ち,フルコースをふるまう。中学の時に美術の先生に絵の勉強を勧められたが,中学卒業後働かなければならなかった元鉱夫は,一本の線もおろそかにせずに,色鉛筆で何枚も絵を描く。それぞれが,最後に与えられた時間を濃密に大切に生きようとしている。
 きぼうのいえの施設長の山本雅基・山本美恵夫妻など,ホスピスを支えるスタッフも,それぞれここにたどり着くまでの経緯があり,個性があり,人間的である。
 スタッフは,最期のときを迎える人たちを,驚くほど深い愛情で見送る。愛情深いが,他人だからこそ,家族ほど取り乱さないでもいられる。身体の機能停止を前に成すすべはなくても,静かに穏やかに温かく看取ることで,魂を救うことができるのだ。決して幸運な人生を送ってこなかったとしても,その最期の瞬間が,孤独で冷ややかなものではなかったら…その死が温もりのあるものであったら,何と幸いなことであろう。それは,死に逝く人にとっても,その死を見送る人にとっても,救いである。
 決して荘厳なだけではなく,ところどころユーモラスで,笑いを誘われながらも,深い感動を覚える一冊である。

 *「きぼうのいえ」のHP   http://www.kibounoie.info/
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