判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
NHK取材班著『あれからの日々を数えて: 東日本大震災・一年の記録』大月書店 2012年

 あの日「3.11」から一年を伝えてきたNHKのディレクター,カメラマンらの記録である。
 大津波で甚大な被害を受けながらも復活のため努力する漁協,いったんは避難したけれども原発の仕事に戻る若者,放射能のため故郷を諦める被災者,故郷を思慕する高齢者のためにも共同体の維持を模索する町長ら,家族や友人,大切なものを喪いながらも淡々と前を向いて進む中学生たちと支える教師たち,避難所で暮らせない障がい者,住民が避難した後取り残され孤立無援となった障がい者と家族たち,津波に被災した後住み慣れた環境を奪われ不安な認知症の老人たちに安心できる日常を取り戻そうと奮闘するグループホーム,「ケセン語訳新訳聖書」を出版した医者と出版社(散乱し浸水した聖書を購入したいという注文が全国から相次いだ)。何事もなかったように穏やかな海,鳥のさえずりが聞こえる風景…福島第一原発20キロ圏内で,防護服をまとい制限時間を意識し緊張しながら行われる行方不明者の捜索。震災から1か月以上も放っておかれたため,遺体は損傷が激しく,確認作業は困難を極めた。震災直後に救出活動ができていたら,助かった人もいたのでは…生き残った人たちの無念はいかばかりだろうか。
 どの記録も重く,涙が止まらない。
 ディレクターたちも人間だ。傷ついた人に,カメラを,マイクを向けることへの後ろめたさ。入れ替わり立ち替わり「美談」を求め疲労困憊する人に取材を重ねる報道関係者に違和感を覚えながら,自らもそこに荷担している罪悪感。情報を整理している渋谷の放送センターと現場とのギャップに戸惑う。アーサー・クラインマン他『他者の苦しみへの責任 ソーシャルサファリングを知る』(みすず書房)に収められたクラインマンらの論文による「他者の苦しみの映像」が消費されることの弊害の指摘を想起する。報道関係者もその弊害を意識し,苦しんでいる。しかし,悩みながらもなお記録し続けてくれたことに,深く敬意を表したい。(良)
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK