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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
阿古真理『昭和育ちのおいしい記憶』2014年 筑摩書房

 著者の『うちのご飯の60年 祖母・母・娘の食卓』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』は、どちらも、家庭料理の変化をたどり、その背景にある社会の変化、ライフスタイルの変化をも浮かび上がらせた上、読み物としても抜群に面白い秀作であった。そこで、本著が出たと知った途端に迷わずゲット。
 著者と私は同じく1968年生まれであり、どんぴしゃで同年代。そこで、「そうそう!あったあった!」とツボにはまる懐かしいものも多く(レディーボーデン、ママゼリー、ユーハイムのバームクーヘンetc.)、東京でのイタ飯やエスニックブームその後のカフェ飯、デパ地下の隆盛などは、「あったあった!」と合点なことが多い。山林と田畑の中にある広島(著者の母の実家)でもぎたてのキュウリやとうもろこしを食べたりしたことはない。また、幼いころ北海道で過ごした私と阪神沿線で過ごした著者とは、同じくジャンキーなものを嬉々として食べても、内容が違う。著者が書いていることを目では読みながら、私自身の食にまつわる懐かしい思い出がどんどん浮かんでいく。大きな顔をしたおじさんがトラックでたくさん野菜や果物を載せて売りに来る。大きな梨、新鮮なアスパラ。「おじさんの顔くらいの梨よね!」と母が笑っていた。或いは、地域の大きな行事(といってもローカルな小さなイベントだが子どもの目にはビッグなこと)になると、指が欠けたおじさんたち(漁師か何かだったかも)が率先して作ってくれた大きな鍋いっぱいの豚汁の美味しかったこと。ジンギスカン、バター飴。どんな小汚い店でも間違いなく美味しいラーメン(北海道の底力!)。
 著者と同様、心に残るのは、フランス料理のコース料理などではなく、日常の何でもないと思った食べ物だ。食べ物にまつわる、何でもないと思っていたけど今は懐かしくて切ない思い出を読者からどんどん引き出してくれる、そんな本である。
 ただ、前二作に比べ、より著者個人の記憶に重点を置いて気軽に書いたエッセイ集という感じであり、個人史から社会の変化をひもとくという前二作にあった深みはさほどない。それはそれで、肩の力をより抜いて(前二作も全く構えることなく読めるのだがさらに)、さらさら読むにはいい。(良)
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