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小林美希『ルポ 母子家庭』ちくま新書 2015年

 子どもを守るにはまずその親を支援することが不可欠。それなのに、「シングルマザーになったのは自己責任」とささやかれるこの社会の冷淡さは悲しい。むしろ、シングルマザーの苛酷な生活を予想して、離婚を決意できず、夫からの暴力etc.に苦しみ続けている妻も少なくないというのに。その生活にピリオドを打ち、経済的etc.で苛酷な中、子どものために必死に頑張っている母親たちに向ける著者のまなざしは優しい。本著は、全編を通じて、男女の賃金格差等社会のひずみのしわ寄せを受けている母子家庭を、「自己責任」で切り捨ててはならない(彼女たちはとうに限界まで頑張っている!)、彼女たちに具体的な援助の手を差し伸べ、子どもたちが豊かに発達成長していける土壌が必要ではないかと強く訴えかけてくる。
 第1章では、データの検討や個別の母子家庭への丁寧な取材により、母子家庭の経済的、社会的な厳しい実情を示す。生活保護を受けている母子世帯のうちDVの経験がある者は69.9%、DVにより子どもが身体的精神的影響を受けたと思うという回答は63.2%にも上る(生活保護母子世帯調査等の暫定結果)。精神的打撃を受けても適切なケアを受けられず、また援助も受けられず孤立していると、虐待につながりかねない。「わが子を虐待しているのではないか、と悩んだことがある」と回答した母子家庭は、母が無業の場合は18.8%にも上る(働いている場合は12%。労働政策研究・研修機構「子どもがいる世帯の生活状況及び保護者の就業に関する調査」2012年)。結婚や育児を機に仕事を辞めていた女性たちが就業しようとしても、正社員は厳しく、パートやアルバイトに留まる。雇用が不安定であることは、母子家庭の子育てを一層困難にする。
 だったら離婚を踏みとどまればいいのか。そんなことはない。父のDVに怯え苦しむ母子たちの状況が随所で記述される。それでも、未だ「離婚は悪いことだ」「離婚は女性側に問題がある」という偏見にさらされ、ときには母子ともにその偏見を抱いていることすらあることが、第2章では触れられる。同章では、母親の成育環境と貧困のリスクを高める要因が深い関係にある調査等が紹介され、若年妊婦への支援の必要性も説かれる。
 第3章では、シングルマザーが就業することの多い介護職が現在でも厳しい労働条件であるにもかかわらず、さらに介護報酬が引き下げられ一層厳しくなることが予想される中でも、必死に働き、なお他の資格を取ろうと頑張っている母親などが紹介される。働くシングルマザーは厳しい労働条件のほか、マタハラにも遭遇する場合がある。争わずに泣き寝入りするケースは多いということに、弁護士として歯がゆいが、その職場に残るしかない女性たちにとって現実的な選択なのだろう。
 資格を取ろうと目標を持っているが子育てと不安定な仕事の合間に勉強の時間を確保できないシングルマザーたちは少なくない。第3章の締めくくりの言葉「第二の人生の目標が決まっても、雇用の調整弁として使われていることで、まるで努力をする権利さえ奪われているような現実がある」はあまりに重い。
 第4章には、それでも現状に甘んじないで前向きに生きて行こうとするシングルマザーが登場する。その苛酷さを身をもって体験したからこそ、シングルマザーを応援する諸々の事業を立ち上げている女性の事業のひとつ、川崎市内のシェアハウスのことは、報道により私も知っていた。しかし、それがこれほどシングルマザーである入居者に安心感を与え、子子どもたちも穏やかに過ごしているのか知ったのは、この本のおかげだ。
 と、ほっとしたところで、第5章の冒頭、「仕事と家庭の両立支援」で好事例といわれるいくつかの企業から著者が取材を渋られる経験をしたことに、唖然とする。社会的なイメージアップのためだけに、両立支援を掲げているだけで、実態は伴っていないということか。同章で紹介されている赤石千衣子さんの提案のように、貧困の連鎖を断ち切るためには、児童扶養手当の増額と複数子加算、継続した雇用の確保、大学進学費用の負担の軽減、最低賃金の引き上げ、女性の労働条件の改善などが必要であるというのに、現実はまだまだ何もかもが不十分である。企業の理解や行政支援が広がりつつあるということではあるが…。考えてみれば、育児のみならず介護の問題も考えれば、長時間労働が可能な社員はこれから限定されていく。長時間労働の見直しは、シングルマザー以外の個々人にとっても、企業にとっても、必要なことである。
 本著に登場するシングルマザーには、非常に苛酷な生活を過ごしている女性が多い。しかし、全員が著者に「離婚して本当に良かった」と語っていたという。離婚弁護士として涙した。その後の生活よりも、離婚前の暴力等におびえる生活のほうが苛酷だったのだ。その生活にピリオドを打つことのお役に立とうとしている弁護士として、とても嬉しい。
 本著は、読者に「自分がもし母子家庭だったら」を想像してほしいという(あとがき)。本著の丁寧なルポにより、読者は母子家庭の実情をまざまざと知り、どのような見直しが必要なのかがわかるようになっていく。実は、私のコメントが第3章に2カ所紹介されている。このような充実した本に貢献できて大変光栄だ。(良)
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