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遙 洋子「介護と恋愛」(筑摩書房)

 『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』で一躍、フェミニストとしての側面を知られるようになった著者が、タイトル通り、親の介護と恋人との恋愛の狭間で揺れる、哀切なノンフィクションである。ここにフェミニストとしての生き方を読み取るかどうかで、「フェミニスト度」が問われるかもしれない。
 概して女性の文章には、飾りが多い。文章自体を修飾することはもちろんだが、書いている自分をよりよく見せたいという気持ちが多少なりともあるために、出来上がった文章は持って回った、気取った表現になる。遥洋子の優れた点は、自分を飾らないところだろう。小気味よい文章は、この人の頭のよさと経験の深さを思わせる。
 老人介護はきれいごとではすまない。「お世話をさせていただきます」としおらしく言ったところで、汚物まみれになれば人は狼狽する。よい嫁でありたいと願いながら、ウンコだらけの家の中で嫌悪や恐怖と向き合う兄嫁の描写は、なかなかに秀逸である。自分がデート中に父親が入院先で亡くなったことを話す友人との会話も、しみじみと迫ってくる。
 100%の正しさで「介護の正義」を突きつけられると、大抵の人は怯んでしまう。でも親の介護をする人の多くは、親への温かな思いと自分の生活を守りたい気持ち、汚ないものへの嫌悪とそうした嫌悪を抱く自分への嫌悪など、さまざまな気持ちが入り組んだ中で体を動かしている。その苦悩まじりの小さなプライドを著者は余すところなく描き出す。
 フェミニズムの建前論への痛烈な批判も散見できる。「おしゃれやダイエットなど必要ない。ありのままの自分でよいのだ」という意見に対し、遥は外見で判断される現実社会で生きる術としてのおしゃれやダイエットの必要性を主張する。そして、女性と美容だけの問題にとどまらず、「社会が平等でないのに、平等の雰囲気だけ教えてどうするのか」と批判する。
 恋愛には自己愛が潜み、自己愛は「いい女」でいたがる。自分好みの男を選んだつもりで、その自分がどこまで本当か分からない。なぜなら、自分を意識した段階で既に大勢の人の思惑がいっぱい詰め込まれているのだから、というあたりは、恋愛論さえ超えた「自我論」が展開される。
 本書全体の口汚なさは、この人の羞恥心からきている。インテリぶった言葉で大所高所から恋愛や介護について語るなんて、死んでもしたくないほど恥ずかしい、という心意気である。汚ないことばづかいに騙されて「あら、なんてお下品」と放り出してはいけない。その言葉ひとつひとつに込められた思いは、取り澄ました言葉とは比べものにならないくらい深い。
 「家族は違う現実を生きている」「介護は急には創れない」「他人にはなにも期待しない。それが、最も合理的なサバイバル法である」−−介護のみならず人生全般にも通用する至言が並ぶ。本書を読みながら私はいつか著者を「洋子ちゃん」と呼ぶようになり、読んだあと「洋子ちゃん、頑張ったね!」と心の底から労ったのであった。(MY)

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