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西山千恵子・柘植あづみ著『文科省/高校「妊活」教材の嘘』論創社 2017年

 2015年8月、文科省は高校生向け保健体育の啓発教材『健康な生活を送るために(平成27年度版)』を改訂して発行した。この副教材に掲載された女性の妊娠しやすい年齢のピークを22歳に設定した「女性の妊娠のしやすさの年齢による変化グラフ」はおかしいのではないか。有村治子少子化対策担当大臣(当時)が記者会見で副教材の改訂と全国の高校への配布を発表した2015年8月21日当日、毎日新聞がグラフの写真を掲載して報じたところ、ツイッター上で様々な専門家たちがその写真からグラフの出典を探し出して検証を始めた。その結果、グラフの改ざんが判明。彼女彼らはさらに別のグラフの改ざんを見つけたほか、問題ある記述を多々発見していく。その結果、副教材の正誤を指摘するにとどまらず、政治と専門家集団が手を結び、女性たちを若いうちからたくさん産むよう誘導するべく、信用のおけない調査、研究を悪用した「産めよ殖やせよ」教育が推進されようとしていた大きな文脈を明らかにしていった。その成果が、本著にまとめられている。
 西山千恵子による序章「高校保健・副教材事件とは何か」は、文科省がグラフの誤りを認め正誤表を配布したものの、なんとその正誤表も誤っていたこと、副教材全体を調べた結果、他にも改ざんや不適切で性差別的な表現を発見したこと、そのグラフや記述、産ませるための少子化対策を高校教育に持ち込むという方針それ自体に、日本産科婦人科学会その他専門家集団が関与していたこと、馳文科大臣(当時)も「早いうちに産んだ方がいいよ…(という)印象を与えることは間違いない」と認めざるを得ない教材であったこと等、高校保健・副教材事件を概観し、続く各章の内容を要約する。
 第1章「グラフを見たら疑え−『専門家』が誘導する非科学」を執筆する高橋さきのがweb上で発表した論稿は、私が副教材を疑問に思うきっかけを与えてくれた。有村大臣の記者会見を伝える毎日新聞の記事が気になった高橋は、同様に訝しく思う知人のツイートを目にし、やっぱり、と記事のグラフの写真にかろうじて載っていた出典らしき文字をグーグルの検索窓へいれ、論文を読み進め、当該グラフがないこと、ようやく先行研究の紹介部分に似ているグラフを見つけるも(なんと孫引き)、縮尺を重ねても重ならない、曲線を都合良く描き直した上に縦軸のタイトルまで変えてしまったしろものであることを突き止める。そして、このグラフの原点は、論文発表当時ポスドクのオコナー氏(すなわち研究者としてひよっこ)が師のウッド氏と共著の論文の中で取り上げたものであり、まだ避妊・中絶が行われていなかった半世紀以上も前の複数の社会で得られた歴史学人口学のデータから計算した曲線をドッキングしたものであった(16歳から19歳については台湾、20歳から24歳については台湾のデータをもとに水平の直線、25歳以上は米国の宗教上の理由から避妊中絶を行わないフッター派の信徒たち、という具合だ。それも、副教材のグラフのようにくっきり描かれたピークはない)。ごく若い時期にほぼ全員が結婚するような集団のデータを利用する限り、出生率は結婚年齢をピークとしてその後落ち続けるだろう。日本生殖医学会のウエブページには副教材グラフの右半分に対応するようなグラフが載っているが、その出展の論文のグラフは、なんと16世紀生まれから20世紀生まれまでの10集団を扱っており、歴史学的人口学的な手法で掘り起こしたデータを用いた結果として集団間のバラツキが大変大きい。しかし、同学会は17世紀の集団を20世紀の集団と称すなど、驚くべきデタラメぶりなのだ。副教材の解説にも、そのグラフがあたかも21世紀の生物学的医学的知見をもとに描かれたグラフだと受け止められるような文章を載せている。文科省はグラフのカーブについて正誤表を公表したが、グラフの縦軸のタイトルも解説もそのままであり、デタラメなまま。そしてデタラメさはこのグラフだけではない、そして妊娠出産関連だけではない。副教材全体に、数値の水増しや、グラフの配置を不適切にしての誤魔化しなどが盛りだくさん。読めば読むほど「!!」で頭がいっぱいになる。
 西山千恵子による第2章「『高校生にウソを教えるな!』集会と『専門家』たちへの質問状」は、改ざんグラフの発覚をきっかけに発足した「高校保健・副教材の使用中止・回収を求める会」の活動と日本生殖医学会などへの質問状を報告する。緊急集会、さらには、内閣府、文科省へ副教材の問題箇所を指摘した資料と質問書、さらには両府省の担当者と面談、回答を得て検討。どれもが大変な作業だ。毎日新聞の記者が有村大臣を追及した結果、グラフの改ざん経緯は不明だが産婦人科で長年広く使われてきたグラフであり(!)、そのグラフ自体誤りだったことが判明する。西山らは引き下がらず、府省、関与した専門家、専門家集団が改ざんの経緯や原因の究明、責任の所在を明らかにしようとしないことを批判し、専門家集団に質問状を送り、回答を会のホームページに掲載した。9つもの会別に質問状を送ったにもかかわらず回答書が一通にまとめられて戻った。その上、答えは問いに対応しておらず複数の問いに答えを一つにした上簡潔、というより事実上回答を回避してもいる。副教材中に「情報に惑わされないで!」という項目があるのが皮肉である。「情報発信のターゲットにされていませんか?」「なぜ、この情報が発信されたのでしょう」「情報の発信は、利益を上げるためだけにされるわけではありません。個人または団体等の考えを広めたりするために発信されることもあります」…このくだりは適切だ(苦笑)。
 鈴木良子の第三章「『子ども=生きがい』言説の危うさ」は、「子供はどのような存在か」を尋ねた調査方法の問題や数値の改ざんを明らかにし、さらには、「子ども=生きがい」の意識づけをすること自体を批判する。生殖というプライベートな行為に対し、国が「幸せ」「生きがい・喜び」といった価値観を伴う言葉を用いてキャンペーンを行うこと自体余計なお世話ではないだろうか。
 柘植あづみの第四章「『卵子の老化』騒ぎと選択−考えるために必要な情報を」は、副教材の「不妊で悩む人が増加している」と説明しながら、「不妊で悩む人」ではなく、「体外受精など不妊治療数(年別)」のグラフを掲げていること、そのグラフの縦軸の単位は、不妊で悩む人ではない、それどころか不妊治療をしている人でもない。体外受精、顕微授精、胚移植の一年間の合計数である(1人が繰り返し受ける場合も)。治療費の助成制度が始まって治療を受ける人が増加していることの説明もない。なんといい加減な説明…。政府の少子化危機突破タスクフォース(ここで提案された「女性手帳」は女性たちの反対によって実施されなかった)に目を向けよう。ここでの産婦人科医である医師の発言(「日本は妊娠にかかわる知識がかなり低い国。妊娠・出産・育児に適した時期は20代である。これをきちんと教えていくことが大切です」云々)や日本産婦人科学会など9団体の要望書に沿った「少子化社会対策大綱の策定に向けた提言」、この提言が出された翌日閣議決定された少子化社会対策大綱、その後の検討会をみれば、少子化対策の重点が、育休制度の整備や子育てサポートの充実から、「若いうちに結婚して産め」という「適齢期」教育に舵が切られたことが伺える。結婚・妊娠・出産という個人の選択への政府の干渉が、副教材事件の背景にあるのだ。さらに、2012年のNHKのクローズアップ現代とNHKスペシャル以来、「卵子の老化」という表現がマスメディアで頻繁に取り上げられるようになった。「卵子の老化」に関する情報は少子化対策という政治性を帯びており、「医学的・科学的に正しい知識」は決して中立的ではない。
 大塚健祐による第五章「隠蔽される差別と、セクシュアル・マイノリティの名ばかりの可視化」は、副教材事件に、教育の場に少子化対策が介入したことで異性愛規範が強化されていること、差別的なステレオタイプが強化されていること(イラスト等ビジュアル面でも発言するのは常に男子生徒で、沈黙するのは常に女子生徒etc.)を示す。
 とはいえ、妊娠・出産に関する医学的・科学的に正しい知識は備わったほうがいいのではないか。このような素朴な疑問を副教材事件を問題にした西山らは何度も受けたという。しかし、そもそも、日本人の妊娠・出産の知識レベルは本当に低いのか。第六章で、田中重人は、「低い」とする根拠になった「スターディング・ファミリーズ国際調査」の調査項目等をつぶさに調べ、唖然とするほど質が低いこと(質問文が共通とはいえないetc.)を明らかにした上、資料を読めばおかしなものとわかる調査にお墨付きを与え少子化対策の推進を図ってきた専門家たちを怠慢、あるいは問題点を把握した上で悪用してきたなら論外、と断じる。
 人生のいろいろな可能性や選択肢がある10代の女性に、結婚・妊娠・出産をしたほうがいい、それもなるべく早くと誘導する。この誘導がなぜ生まれてきたか。大橋由香子による第七章は、近年の少子化対策の流れとともに、産めよ殖やせよというスローガンに代表される第二次世界大戦下の人口政策までさかのぼって、この問いを考える。女性運動が積み重ねてきたリプロダクティブ・ヘルス/ライツという理念と実践は、性教育の締付けなど反動も受け、現在の少子化対策の中で、枕詞のように使用され空文化するどころか、逆利用されているのではないか。
 皆川満寿美の第8章は、少子化対策の動向を1990年代から概観し、2015年に閣議決定された少子化社会対策大綱では、今まで明示されてこなかった「結婚支援」が登場したこと、学校教育だけでなく、自治体から社会人へ、さらには企業から社員へと結婚への圧力が高まっていき、社会がまずます息苦しくなっていく不吉な予感でとじられる。
 問題点の数々に圧倒される。柘植あづみの終章が言及するように、リプロダクティブライツを求めて日本の女性たちも闘ってきた。しかし、日本は、未だに自己堕胎罪がある上、経口避妊薬(ピル)を国連加盟国で最後に認可した国でもある。出産費用の減免は拡大されず、地域によって出産できる医療施設がない。待機児童問題、マタハラなど妊娠出産後も女性が職業を継続することは難しい要因は様々。何が少子化対策だ…と白々しい。その上で、政府、医学医療の権威、マスメディアが流す、不正確でバイアスがかかり、操作された情報が拡散され、私たちの不安をかきたてる。
 しかし、絶望の書ではない。権威を信じず、情報を確認する手間暇を惜しまず、ウソを見破り、担当省、権威に質問状を突きつけ、情報を発信する。そうすることで、ウソの拡散を押し留め、バイアスを取り除き、個人の身体への干渉と管理を強化しようという政策を足踏みさせることができる。序章に、校了直前に改定発行された平成28年度版副教材では、第二章で指摘された問題点でのほとんどが削除、修正されたということであり、明確に成果があったのである。民主政は一日の選挙で決するものではなく、監視と発信の不断の努力が必要なのだ、私もつねに監視し発信する者でいたいと、強く決意した。(良)
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