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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
タチア・ド・ロネ(高見浩訳)「サラの鍵」(2010年・新潮社)

 1942年7月16日、パリとその近郊に住むユダヤ人13352人が、いっせいに検挙された。その中には4115人の子どもがいた。彼らは1週間ほど、トイレも満足になく、食事もほとんど与えられずにヴェルディブという屋内競技場に留置された後、その大半がアウシュビッツに送られた。生還できたものはほとんどいなかった。このユダヤ人虐殺は親ナチスだった当時のフランスのヴィシー政権のしたことだった。しかし、この事実をフランスは忘却の彼方に葬り去ろうとしていた。1995年までは真相を知らないフランス人が多かったそうである。いまでも記念碑には「ナチスの蛮行」と刻まれているという。
 ヴェルディブ事件を背景にしたこの小説の主人公は2人いる。1人はユダヤの少女サラである。小説の途中まで「少女」とあり、10歳。サラは早朝、警察に踏み込まれ連行される寸前、とっさに弟をいつも遊んでいた秘密の場所に隠す。弟が捕まらないように鍵をかけて。もちろんサラはすぐに帰れると思ったからだ。その鍵をずっとサラは持っていた。弟を助けなければという思いだけがサラに生き抜く勇気を与える。奇跡的に(だけではないサラの意思の強さが物言っている)アウシュビッツに送られる前に脱走に成功、近くの農家の夫婦に救われる。危険をおかして、弟を迎えに家に帰る。たどりついた家にはフランス人の家族が住んでいた。サラと同じ年くらいの少年もいた。必死で家に入り、鍵を開けたサラが目にしたのは…
 もう1人の主人公はアメリカ人ジャーナリスト・ジュリア。夫と娘と共にパリに住む。ある日、ヴェルディブ事件の取材を命じられる。事件後、60年のことである。それまでこの事件を知らなかったジュリアは、残された記録をたよりに真相に迫る。衝撃的な事実が次々と現れる。彼女をとくに打ちのめすのは、この事件を知らなかった、忘れたふりをしている普通のフランス人のありようだ。仕事に夢中な彼女に夫は冷たく、フランスの罪悪ともいうべきこの事件をかぎまわる妻を疎ましく思う。だが夫の実家(特に父親と祖母)がサラとジュリアを結ぶ太い糸となる。
 サラとジュリアの軌跡が小説の半分くらいまで交互に描かれる。サラの記録が途絶えてからは、ジュリアのサラ探しの旅になる。読むのも辛い前半までの緊張がやや薄らぐのはやむをえないところだろうか。
 作者はパリ生まれで、パリとボストンで育った女性。女性ならではのユダヤ女性の苦しみがよく書けていて読んでいて苦しい。自分が弟を死に追いやったと自責するサラの悲しみ、苦しみは誰も共有できないだろう。その絶望感が胸にせまる。ジュリアの夫との葛藤、夫の父との和解も、この小説の大きな流れと違和感なく描かれているために、単なる告発ものになっていない。サスペンス的なところもあり、一気に読ませる力がある。
 詩人であり小説家である蜂飼耳が「現在はいつでも過去の土壌の上に枝を揺らす樹木だ」という言葉を寄せている。(巳)
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