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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
よしながふみ著『こどもの体温/彼は花園で夢を見る』白泉社文庫 2010年

 収められている短篇はどれも読ませる。しかし断トツに素晴らしいのは、「ホームパーティー」だ。高紀が妻加奈子が亡くなって初めての春、幼い一人息子を連れて妻の両親宅に泊まりに行った、ある夜の出来事。
 翌日妻の母芙美子は骨董市に行く予定だが、妻の父(おじいちゃま)はテニスクラブの連中を呼んで庭の桜を観る花見を企画した。おじいちゃまは芙美子の手を煩わせないように配慮したのだが、かえって芙美子は勝手に企画されたことを怒って寝てしまう。高紀は人前で平気でケンカする妻の両親に、同じくパワフルにガンガン怒った妻のことを思い出す。
 高紀はおじいちゃまに冷蔵庫の残り物でパーティ料理を作り足してみようと提案し、ミネストローネ、「鶏肉ににんにくとパン粉をまぶしてオーブンで焼くの」、つけあわせのいんげんのソテー、シーフードサラダ(これは明日作った方がいい)、「とても簡単なケーキ」を相談しながら次々用意していく。完成しておじいちゃまはつぶやく。「やっぱり加奈子の…」。高紀は答える。「今日作った料理はどれも加奈子から教わったんですよ」。「分かってたよ。やっとお互い加奈子の話ができるようになったんだな」
 涙などストレートな悲しみの表現はないけれども、丁寧に作っていく過程でも、完成した後花見をしながら一杯やるときも、大切な人を想い悲しみを共有していることがひたひたとわかる。
 高紀が子を連れて帰っていく背中で、元気にケンカし合う老夫婦。妻が生きていれば、一緒に老いてそんなふうにもなれただろう。
 愛する大切な人を亡くす。大きな喪失感、でもその前提にあるその人への深い愛情の両方を、短篇の中にぎゅっと描きだした、秀作である。
 そして、大切な人のために丁寧に料理を作っていくことの嬉しさは、後に同じ作者による「きのう何食べた?」につながる。「きのう何食べた?」も読み返したい。
 「彼は花園で夢を見る」も同じく大切な人を喪うという喪失と再生を描いているが、より劇的だ。しかし苛酷な経験をした後でも、いつしか穏やかな日常が戻り、いつしか人は老いていくという結末に救われる。(良)
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