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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
村上春樹編訳『恋しくて』中央公論新社 2013年

 村上春樹がセレクトし翻訳した恋愛短篇小説の数々(ただし、苦味たっぷりのアリス・モンローの「ジャック・ランダ・ホテル」は柴田元幸のセレクション。最後の「恋するザムザ」は村上春樹の書下ろし)。直球ストレートの甘く切ないものあり、緻密で繊細なものあり。頭の回転がいささか遅い少年の視点(でも読者もそんな少年だったのでは?)で描かれたものがあれば、どこかまともでない、感情移入ができない、エキセントリックな女(こんな女に追いかけられる男は大変だ…)を主人公に据えたものもあり。短篇の名手が選ぶ恋愛小説はどれも洗練されていて、そんな切り口もあるかと、巧みな芸にうなる。
 個人的には、意外なことにリュドミラ・ペトルシェフスカヤの「薄暗い運命」(なんとストレートなタイトル(笑)!)の余韻が残る。本著の中でこの短編は一番短くもあり、一番ダークでもある。村上が解説するように、「暗澹とした事実が、「どうだ、これでもか」といわんばかりに、隅から隅までぎっしりと詰め込まれている」。その救いのなさが切なくもあり、不思議におかしくもある。疑いの余地もなく、無神経で残酷、その上青白いかさかさの肌、分厚い眼鏡、ふけをもたらす糖尿病患者であり、先行きのきわめてあやしい仕事についている、妻子のいる男。関われば関わるだけ、傷つくに決まっている。しかし、その男に恋している女は、「幸福のあまり泣きだし、泣きやむことができなかった」。どうして?村上春樹のいうとおり、愛とは(ときとして)そういうものなのだというしかない。どこまでもダークなものとして描いているようで、どこまでも甘いような気もする、不思議な作品だ。リュドミラ・ペトルシェフスカヤは、ソヴィエト時代、「作品の内容があまりに暗い」という理由で長いあいだ冷遇されてきたという。なんという「健全」なソヴィエト時代!このタフな作風が表に出てきただけでも、ソヴィエト体制の崩壊を称えたくなる。ネガティブなものを規制していると、ネガティブなもののなかに潜んでいる仄かな赦しなどポジティブなものも抑えられてしまう。愚かなことだ。
 心の奥底を揺さぶられるというのではないが、忙しい日々の合間に読めて、大人の練れたラブ・ストーリーを堪能できる短編集だ。(良)
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