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リリー・レッドベター(ラニアー・S・アイソム) 中窪裕也訳『賃金差別を許さない―巨大企業に挑んだ私の闘い』岩波書店 2014年

 オバマ大統領が大統領としてはじめて署名した法律「リリー・レッドベター公正賃金復元法」をご存知だろうか。私は不明にして全く知らなかったのだが、署名にあたっての大統領のスピーチを読むとその内容が簡潔にわかる。本書の巻末にその全容が収録されている。実を言うと内外の政治家のスピーチをまじめに読んだことがないのだが、その分かりやすさとメッセージ性の明瞭なことに驚いた。
 要約してここに記したい。
「この法案の名前の元となった女性は自分の仕事をきちんとするよくできるまじめな労働者です。20年近くそのように働いてきたところで、自分とまったく同じように働いてきた同僚男性に比べ長い間低い賃金しか支払われていないことを発見しました。通算すれば20万ドル以上の給与を失っておりさらに年金の給付についても損失を受けました。」
「そのときリリーはあきらめることもできました。声を上げれば騒動や軋轢が生じいやがらせを受けることが予測できたからです。しかし、彼女はこれは自分だけの不利益ではない、原理原則にかかわることだと立ち上がり、それから10年以上におよぶ旅(連邦地方裁判所、連邦最高裁から連邦議会へそしてホワイトハウスへ)が始まったのです。」
「本日、この法案に署名するのは、彼女のためだけではなく、私の娘たちと、私たちのあとに続くすべての人々(性別、年齢、人種、民族、宗教、障害の有無にかかわりなく)のためであります。」
 そして同時にオバマ大統領はリリーの前を歩んだ先人たちにも自分の祖母(銀行で働き、「ガラスの天井」にぶつかった後でも、文句を言わずまじめに働き続けた)の例を出して、深い敬意を表している。

 リリーはアメリカ・アラバマ生まれ。インディアンの血が入る家に生まれ、生活に困るほど貧しくはなかったが、高校生の時、憧れのチアガールになってもその衣装が買えるほど豊かではなかったし、母親の強硬な反対で大学に進学できなかった。17歳の時に初恋のチャールズと結婚、2人の子供を育てた。いくつかの職を経て、1979年、長年あこがれていたタイヤ製造のグッドイヤーにマネージャーとして就職、何回かのレイオフにあいながら約20年勤めた。その間の彼女の働き方のすごさには言葉を失う。男性が圧倒的に多く肉体労働を管理職自らも行わなければならないハードな職場。女性だからと後ろ指さされないためにリリーは病気でも怪我をしているときでも男性以上に働き続ける。このような勤勉な彼女に浴びせられる職場の半端でないセクハラ、パワハラ。上司や同僚はては部下からの脅迫、ヘートスピーチ、侮辱。女性の管理職への嫌がらせに人種的偏見も混ざっているように感じるのだが、ここまでされて彼女がなぜそれを我慢できたのか、裁判に訴えることをしなかったか不思議でならない(社内では問題にしているがかえって報復処置を受けている)。「人種、肌の色、宗教、性、出身国」を理由とする雇用差別を禁止した有名な公民権法が成立したのは1964年。その存在を彼女は知っていたはずなのだが。彼女が訴えたのが賃金差別だけであるのはなぜなのだろうか。
 しかし、明らかな賃金差別でさえ、リリーの訴えは最終的に最高裁で敗北する。この判決に対して世論の批判がまきおこりまたリリー自身の精力的な活動により、新しい法律の制定につながった。すなわち、リリー・レッドベター公正賃金復元法である。簡単に言うと毎回の差別的賃金の支払い行為が、新しい申立て期間の計算の起点になることを定めたものだ。つまり「差別賃金を決定した時点ではなく、その賃金を最後に受けた時を発生時点として、差別決定時点までさかのぼって賃金差別が性差別に基づくものであるか否かを判断し救済するように変えた」のである。

 こう紹介すると労働法のテキストのようだが、まったく違う。リリーと両親、夫、子どもとのかかわりや葛藤、趣味のダンスの話など彼女のパーソナルな部分も書き込まれ、彼女のあふれ出る感情が表現されていて小説のような面白さだ。これはリリーの生涯の豊かさであることはもちろんだが、フリーライターのラニアーの力に負うところが大きい。2段組み270頁もあるのだが、同時代の女性の鮮烈な生き方に手に汗握る。映画にもなりそうな気がする。
 惜しいのは書名である。原題は「Grace and Grit」である。「品位と気骨」という意味だが、このままではたしかに何のことかわからないだろう。でもでも、邦題はあまりにストレートすぎる。硬いタイトルとハードカバーのずしりとした体裁からパワフルな女性のスリリングな生き方が描いてあると推測するのは難しい。とても口惜しく残念である。(巳)
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