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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
酒井順子『地震と独身』新潮社 2014年

 酒井順子は都会の独身者として東日本大震災を経験する。震災後、多くの家族の物語が語られた。涙なしには聴けない、たくさんの家族の物語。しかし、独身者もたくさんいたはず。独身者は、地震のとき、地震の後、何を思い、何をしていたのか。酒井は何度となく被災地に足を運び、丁寧に取材をし、たくさんの独身者のストーリーを紡ぎ出す。
 いつもの飄々とした文体ではなく、とても静かに真摯に描出してく。その中には感動的な話だけではなく、福島第一原発事故による損害や、福島にいる女性たちへの偏見なども記述される。読者として憤りを覚えることも随所にあった(福島にいる女性が出産する前に、相手の両親から「五体満足の子が産まれるのか」と懸念された、等)。しかし、酒井は、被災者のパワーへの感動・賛嘆は書き添えるが、誰についても非難はしない。どこまでも透徹なまなざしで穏やかに、謙虚に、被災地の独身者たちの経験を書き綴る。
 親として子を守る。独身者には守るべきものはない?そんなことはない。老親、猫、或いは部下、上司、ともに避難した人などを守るべく努力した独身者たち。独身者か否かを問わず、自分だけ真っ先に食べものを取ろうとする人もいた。しかし、避難した人たちをリードし、子どもたちを優先して乏しい食べ物を配るよう采配をふるった人の話などから、極限状態で優しさや正義感を発揮できる人の素晴らしさに感じ入った。
 つながりは家族の間でしかできないものではない。SNSなどでつながるネットワークも震災後は大量に発生した。斜陽感漂う日本において、希望を感じるモデルである。そして、そのつながりは、災害時に力を発揮する。ソルニットが『災害ユートピア』で描いた通り、災害後の破壊的もしくは創造的状況において、ヒエラルキーや公的機関は対処するのに力不足であり、反対に市民社会が成功する、人々は利他主義や相互扶助を感情的に表現するだけでなく、創造性や機知を駆使するということを、実感できるエピソードが多数盛り込まれている。そうなのだ、本書は『災害ユートピア』東日本大震災版ではないか。
 酒井順子の書くものは、愛読誌だった今はなき『Olive』時代から、何度となく読んできた。あえて単著を買うまではいかないが、雑誌の1、2頁におさめられたエッセイが構えることなくさらさら読んで、「そうそう」「あるある」と内心くすりと笑うという程度のお付き合い。酒井自身その程度の読者を対象にしているのだろう。特に時代の寵児になるつもりはない酒井にとって、『負け犬の遠吠え』が大ベストセラーになり、わけのわからない論争もどきの渦中におかれることは、予想外だったろう。しかし、『負け犬の遠吠え』の中でもその後の論争もどきの中にあっても、酒井は、諧謔と少しの毒をちりばめて飄々としていた。『地震と独身』というタイトルから、『負け犬の遠吠え』の震災版かと連想し、震災をネタにしたジョークや毒舌は不謹慎では…となかなか読む気がしなかった。その予想と反し、終始胸を打つ内容である。酒井がこれほど思慮に充ちた、そして力量のある作家とは知らず、見直した。『負け犬の遠吠え』の印象があまりに強いので、私と同様誤解して手に取らない人が多いかもしれないと思うと、タイトルが惜しい。(良)
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