判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
『現代日本女性史――フェミニズムを軸として』(鹿野政直 有斐閣 2004年)

 久しぶりの本格的な女性史である。なぜか90年以降には日本では女性史が出版されなかった。地域の女性史は花盛りだっただけに待望の書である。
 フェミニズムが学として成熟してくるにつれ、初発の運動体としてのエネルギーが失われ、おまけに若い女性のフェミニズム嫌いがいわれているなかで、なぜ歴史学者鹿野政直は、戦後日本の女性史の軸としてフェミニズムを選んだのか。
 さまざまな意味でフェミニズムが既存の思想・運動へのもっとも根底的な挑戦のひとつであるにもかかわらず、既刊の日本の女性史は、フェミニズムとくに70年代にラディカルな運動となったウーマン・リブをほとんど無視してきたことを、著者は発見し愕然とする。この驚きと疑問が本書執筆の強い動機となっている。この驚きから出発して詳細に資料にあたっていくうちに、著者のスタンスは堅固なものになっていく。
 戦後の前史として「『戦後』の構築」という章をたてているが、著者はその始まりを「『オトコ』の敗北と占領」から筆を起こしている。そして第二次大戦直後から現代までを4つの章に分ける。T章「『社員』・『主婦』システムの造出」 U章「ウーマン・リブの旗」 V章「主体回復への道」 W章「フェミニズムと現在」と題しているが、必ずしも通史となっているわけではなくどちらかといえば問題史的な構成となっている。が、おおむねT章が1960年代、U章が70年代、V章が80年代、W章が90年代に対応している。なかでもV章は、ウーマン・リブのなかで、女性が性の問題、戦争における加害者の視点、暴力の問題を主題として突き出していったプロセスを幅広い資料を駆使して跡づけていて圧巻である。今の日本のテーマをこの時代に女性たちが浮上させたことがよくわかる。
 コラムに何人かの女性の歩みが取り上げられているが、その名前を「大羽綾子」「沖藤典子」「影山裕子」「加納実紀代」「半田たつ子」「井上輝子」「福島瑞穂」「松井やより」と並べて見ると、この本がいわゆる女性史と一線を画していることが明瞭であろう。著者の目は常にマイノリティに向いており(だからこそ男性研究者に珍しく女性史を研究テーマの一つにしたのだろう)、そしてどうしても軽視されがちな地域の女性たちへの目配りも行き届いている。業界に「鹿野史学」ということばがあるそうだが、まさに本書はその金字塔といってもよいだろう。迷いつつ迷いつつ吐き出されたという感じのする文章は、女性の苦闘の歴史をかたるのにふさわしい。
 巻末の注は、詳細でこれだけでも読むに価するが、それをざっとみると「資料日本ウーマン・リブ史」と「日本婦人問題資料集成」がいかに貢献していることか。これらの地道な出版活動がなければ、女性史は成り立たないのである。
 さて、男性の研究者によって女性史の新たな地平が切り開かれた。そのバトンを受けて、今度はたとえばウーマン・リブを生きた女性たちに走ってもらうことを心から期待したい。
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK