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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
「花眼の記」(道浦母都子 本阿弥書店 2004年)

 花眼は「かがん」と読む。中国の詩に出てくることばで、「花眼」とは「目前の現象ぼんやりかすんで見える眼」「人が老いて、すべてがほんのり美しく見えること」であるという。いわゆる「老人力」の一種であるが、美しいことばである。
 歌人の道浦母都子は、このことばに寄せて、自らが体調を崩しそこから回復していく1年を歌と日記でつづっている。歌のリズムさえ乱した身体の不調は、母を失ったことそして病む兄の看護が大きな原因となっていたせいか、本書全体が哀調に満ちている。
 「風花の章」から始まって「ポインセチアの章」にいたるまで、季節の花が12章のタイトルとなっている。「ゆうな」「白芙蓉」「朝顔」「木犀」……響きも字も美しい四季の花たちが人の心の慰めとなり歌を育てることが伺える。
 たった三十一文字から成る短歌ではあるが、その歌うところの意味は深い。それはある時は溜息のようなものであったり、決意であったり。
 「さくらさくら桜青葉の降り沈む墓地公苑にしんなりと、あめ」
 「パンにぬるブルーベリージャムのほの暗さ 家族の吐息煮詰めたような」
 「夫も子も無ければ失うこともなし きーんと冷たきあけぼのふうろ」
 「束ねたる髪をほどけば思いあふれ戻りゆくなり二十歳のわれに」
 「椿の林抜けて至れる浄土なれ青き蝶々もおりおりに飛び」
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