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島崎今日子『安井かずみがいた時代』集英社 2013年

 本著は、安井かずみと生前関わった30人程度のひとたちにインタビューを重ねており、労作である。「自由の記号」のような「かがやいている」「かっこいい」存在としての安井に魅了された人たちなら、リアルに知る人たちから語られる個々のエピソードは面白いかもしれない。しかし、加藤和彦と「理想のカップル」としてメディアに登場していた安井をうっすらとしか記憶しておらず、その上、退屈で特に崇めたいロールモデルとは微塵も思っていなかった私にとっては、読み進めても、寂寥感ばかりを抱く。
 恋もオシャレも夜遊びも大いに謳歌した、加藤との結婚前はまだそれなりに楽しい。しかし、加藤と結婚し、夫婦の生活を中心にした17年間は、どうも重苦しい。理想的なカップルだとうっとり語る人たちもいる。しかし、イブサンローラン、ココシャネル、エルメスといったブランドものに拘った生活は、かつての親友だった加賀まりこがいうように、スノッブに過ぎる。安井は加藤以外の作曲家の歌詞は受け付けず、仕事すらも二人の世界に閉じこもる。加藤と安井は毎晩食事を共にする、それも食事前に着替えて。ヨーロピアンスタイルか何か知らないが、かなり無理した生活のような気がする。林真理子は、2人に憧れながらも、「家は楽屋だと思っているから、そこでは手足を伸ばしたい」という。私も同感だ。
 このこだわりは、晩年、おそらく安井も加藤も苦しめた。安井の死後、加藤が実は紅茶が好きだったと知って、玉村豊男夫妻は驚く。コーヒーは安井に合せていたのだと知り感心したというが、感心するより、どうして紅茶も好きくらい言えないのかと思ってしまう。大竹映子は、安井の晩年、ホテルの食事などに妙なこだわりが激しくなっていると心配した。吉田拓郎は手厳しい。安井とニューヨークで買い物した後、安井が加藤から「こんなの買うのはバカだとすごく怒られたの」と言われ、返しに行くと言い出した。吉田は、つまんないオヤジだし、そういう男に仕立てたお前にも責任があると至極全うな感想を抱く。あの2人は夫婦としてスタイルを提示していたが、もっとドロくさくて不細工だった、肩の凝る生活は危うい綱渡りをしているようで、破綻しているようにしか思えなかった、との吉田の述懐は、おそらく的を得ている。実際、安井は実の妹に本音をもらしていた。自他ともに認める最高にお洒落なカップル、それは表向きで、そんなもんじゃないよ、と。年齢も収入も妻のほうが上ということに、安井は遠慮を、加藤はコンプレックスを感じていた。2人は素敵と羨まれる生活を演じながら、世間の標準にがんじがらめになり苦しんでいたのではないか。
 安井が、結婚後、加藤の作品にしか作詞をしなくなり、友人関係もライフスタイルも変えてしまったように、安井の闘病生活を献身的に支え看取った加藤の安井の死後の行動も劇的だ。安井の死後1年もしないうちに、中丸三千繪と結婚(のちに離婚)。その際、安井の愛した家を全面改装し、安井と交流のあった知人たちとの関係も絶つ。安井の妹がほしかった作品や写真もすべて捨ててしまう。新しい恋をするのは構わないが、姉の写真をごみとして捨てるなんて許せない、と私なら思う。しかし、妹は恨むことなく、加藤が安井の理想の生活に付き合ってくれたことを感謝しているという。それほど、安井は強烈な人だったのだろう。
 いささか戯画的ともいえるほど贅沢な暮らしをし続けたカップル。物質は恵まれていても、全然羨ましくない。安井は、テレビの中で「税金が大変で」などと主婦が言っていると、「嘘をつけ、払っていないくせに」などと毒舌を吐いていたともいう。おい、そういう人がヒット曲を買ったり、カラオケで歌ってくれたりするから、あなたの収入があるのに、とむっとする。そんな生活の果てに、2009年10月、加藤は軽井沢で自死。渡辺美佐は、亡くなる数日前、加藤から経済面での助けを求められたという(そして、助けたが、救えなかったと)。とてつもなく悲しい。しかし、さすがは渡辺美佐、「一緒に愉快な時間をたくさん過ごしてきた。今となってはすべていい思い出。うん、とても素敵な人たちよ」。数々のスターを世に送り出してきた渡辺プロ名誉会長の言葉には器の大きさを感じる。
 うーむ。タイトルからして、安井かずみを軸に時代を浮かび上がらせる内容だと思ったのだが、どうも、彼女だけの物語に終わってしまった観がある。一人の女性の逸話をもとに時代の縦軸、社会の様相を鮮明に描き出す。それに成功した作品があった。そうそう、『イーディー、60年代のヒロイン』(ジーン・スタイン、ジョージ・プリンプトン著、筑摩書房)。あれはイーディ―の父親の時代から遡って、イーディーのみならず様々な人々の生きざまから、アメリカの20世紀の現代史、文化を厚く叙述しえていた。ないものねだりはいけないか。本著への評価は高いようだが、私には今一つであった(それは著者のせいというより安井かずみに関心を持てなかったからという限界からかもしれない)。(良)
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