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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
岩元ナオ著『金の国 水の国』小学館 2016年

 つまらないことでいがみ合っているA国とB国。とうとう戦争になってしまい、仲裁に入った神様が2つの国の長に、A国は国で一番美しい娘をB国に嫁にやり、B国は国で一番賢い若者をA国に婿にやりなさい、と言う。
 さて、とうとうB国に嫁が、A国に婿がやってくる日。嫌悪感と不信感を抱く双方の国の長はなんと…。こんなことが明らかになったら戦争が起こる!という事態に。婿を待っていたA国の国王の妾の末娘(サーラ)、嫁の持参金を期待していたB国の学者の倅(ナランバヤル)は、この事態が明らかになったら戦争になると思い、それぞれ、その事実を隠すことに。そして2人はあるとき出会う。ボーイミーツガール。そして、2人が出会うことから、サーラにもナランバヤルにも、そして周囲の人々にも変化が…。
 いや、変化ではないのかもしれない。1人ひとり、意地悪だったり、威張っていたり、欠点や歪んだところがある。サーラは自他共に「国で一番美しい娘」ではないとわかっているぽっちゃり娘。ナランバヤルは、仕事もなく、族長から「根性なしだし、役に立たない男」とバカにされる男。しかし、欠点欠陥のある2人や周囲の1人ひとりがちょっとずつ発想を変えたり、勇気をだしたりすれば、戦争を回避することができる。こんな筋も登場人物もベタなおとぎ話風に思える。サーラの「意地悪な3人のお姉様たち」など、「シンデレラの意地悪な2人の姉+母」に類した設定かと思える。しかし、第一王女も「金色の国」であるA国を愛し、父王の気まぐれで戦争が始まることを阻止したいという熱意を秘め、奔走する。おっとりしたサーラを姉たちが見下す関係も固定的ではない。サーラの「婿」役のナランバヤルに対する姉たちの言動にサーラが抗議すると(初めてのことでおつきのばあやもびっくり)、第一王女は率直に謝り、姉妹の関係にも変化が起こる。イケメンの左大臣は第一王女たちの男娼に留まっていたのが、ナランバヤルに諭され、政治的手腕を発揮するようになる。父王も暴君のようで、第一王女その他皆から痴れ者と思われていることに傷つき、後世に失敗した王として名が残ることを怯えている。まあ案外、こんな傷つきやすい自我の権力者のために、戦争が始まってしまうのかもしれない。しかし、サーラには信じられていたと知ったとき、癒やされ、そして、国を大切にするには何が賢明なことなのかに気づく。自分も、他者も、固定的ではなく、多面的であることに気づけば、「武力で制圧する役目」等からおりることができる。心の微妙な動きを丁寧に描いているので、ベタというよりリアルで感情移入しじんとくる。
 そしてまた、変化をもたらずには、時には抗議し(武力でなく)闘う勇気も必要だ、という心強いメッセージもある。女は受動的でおだやかでいればいいわけではない。失礼な第一王女に抗議したり、ひそかに恋心を抱いたナランバヤルを悪く言う族長にキレて族長が提案したワイン飲み比べを引き受けたり、危険を冒すナランバヤルを追いかけ、手伝ったり。やるときはやっていいのだ、やったほうがいい。サーラのように。
 ほろりと涙するシーンもうまい。サーラは自身が美しくないととうにわかっているけれども、これでA国で一番美しい女だと?という視線にさらされ、気丈にワイン飲み比べで族長に勝ち、B国へ帰る途上で、「今さらいいのです/傷つくことなどおそれている場合ではなかったのです」とつぶやく。深く深く傷ついている。そのとき、ナランバヤルがあらわれ、気遣いをしてくれたとき、気が緩んで思わず涙があふれる。何が起こったかわからないままに、尋ねることなく、ナランバヤルはサーラを抱きしめる。このとき、サーラのいうままに、ナランバヤルは、使命のためにいったん家に帰る。そのときサーラをひとりで帰したことを後悔し、その後のクライマックスで、「行ってください」というサーラにナランバヤルが「お嬢さんは二度と置いていかない」「行こう」と言うシーン。何度読んでも泣ける。
 ちょっとクスクス笑いたくなる軽いノリから、だんだんとのめり込み、ところどころで泣き、最後はほっとあたたかい気持ちになれる、傑作である。(良)
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