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栗原俊雄著『遺骨 戦没者310万人の戦後史』岩波新書 2015年

 「戦没者の皆様の、貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります」。戦没者追悼式で政治家や行政関係者がいう決まり文句だ。しかし、おびただしい戦没者はその人数すら不明の状態だ。「仮埋葬」されあるいは放置されたままのおびただしい遺体は、身元不明のまま遺骨となった。沖縄で、硫黄島で、南洋諸島で、シベリアで、還暦をはるかに過ぎた「子ども」たちが、戦争で死んだ、記憶がほとんど・まったくない自分の親の遺骨を探し続けている。身元不明のまま朽ち果てた人々、その遺族を思うと、冒頭の決まり文句の空疎な響きには耐えがたいものがある。
 なんと無責任でいい加減、見通しの甘い戦争だったことか。本格的な空襲が始まる前、東京都は軍部と相談した結果、空襲による死者を2万人程度とみていたという。1日ではなく、戦争全体の死者数である。ところが、1945年3月10日のおよそ2時間の米軍B29約300機による爆撃、すなわち東京大空襲による死者は、東京都によれば7万2千人、警視庁によれば8万3793人、研究者らによる推計では10万人に上った。被害想定の甘さは明らかである。ところで、なぜこのように死者数がまちまちなのか。数万人に及ぶ遺体を一体一体特定して火葬して埋葬することは不可能であった(当時の東京都の火葬場の処理能力は一日500体であった)。「いつまでも路上においておくことは都民の士気も影響する」という行政の考えで、圧倒的多数は火葬されることもなく、都内各地の寺院、学校、公園などに埋められた。青年壮年は兵隊で動員されていたので、子どもたちまでが遺体を埋める作業に動員された。錦糸公園のたくさんの「3メートルほどの穴」の縁まで遺体を運び、穴の中に滑らせて入れた作業を担ったという当時工業高校の学生は、「最初は怖かったですよ。でもじきに慣れましたね。与えられたことをこなすだけでした」という。感覚を麻痺させなければやっていけるものではない。どこをむいても累々とある死骸にはネズミがたかる等凄惨というほかない地獄。そこで作業を担った当時14歳の老人の顔がこわばる。その中で一人一人の命はなんと軽いものとなっていたか。戦争は本質的に「美しい物語」に回収できるものではない。私が何気なく通行する公園や寺院の地面の下におびただしい死者が名も特定されないまま埋められているということに、震撼とする。
 同様の事態は、沖縄、広島、長崎でも起こった。一部の寺などが必死に弔った例はあるが、多くの遺体が「士気が下がる」として尊重されることもなく「処理」された。
 国は戦後、旧軍人や遺族らに対しては、恩給等約50兆円以上を支給した。しかし、空襲の被害者には何らの補償もない。1952年のサンフランシスコ講和条約で、日本政府は国際社会への復帰と引き換えに、アメリカが行った国際法違反の非戦闘員虐殺に対する補償請求を放棄した。では日本国政府が補償の肩代わりをすべきではないか。戦争に市民を引き摺り込んだ責任もあるではないか。しかし、裁判所は、「戦争でみんなひどい目にあった。だからみんなで我慢すべきだ」という戦争被害受忍論で斥け、あるいは門前払いしてきた。しかし、言論の自由もなく、女性には参政権もない、ないない尽くしで惨禍を耐え忍ぶ責任だけ「みんなで」はないのではないか。そして、上記のように旧軍人らへの恩給を考えると、受忍論の偽善は明らかである。
 今もなお多数の遺骨が眠る硫黄島。日差しの遮るもののない現場で、Tシャツ一枚でも暑いが、筆者たち作業員は日差しから肌を守り、サソリやムカデなどの毒から身を守るため、長そで長ズボン姿で作業する。スコップ、熊手、シャベル、素手で黒い砂を掘り進めると、木の根が貫通した骨を見つける。木の根のそばに遺体が埋められたのではなく、木が遺体を栄養分にして育ったのだ。「島では飢えていただろうに。亡くなってからは木に食べられるのか。情けない…」作業していた遺族のひとりのつぶやきは、哀しく、重い。
 硫黄島で掘り出される遺骨はたいてい折り重なっている。頭蓋骨の上に足の指の骨がしっかり残った靴底が載っていたりする。まるで頭蓋骨を踏みつけているように。別人の遺骨だろう。米軍は「集団埋葬」地というが、無造作に投げ入れたということがありありとしている。死者の尊厳は完全に踏みにじられている。父であり、息子であり、夫であり、友人であり…かけがえのない一人の人間であったはずのひとりひとりを思うと、あまりに悲しい。
 硫黄島で遺骨が野ざらしになっていることが問題になった際、日本政府は、そのことを問題視するよりも、アメリカのメンツを守ることを優先した。遺骨はちゃんと葬られていると衆議院の委員会で厚生事務官は報告したのだ。葬られているというより、せいぜい、「片づけられた」にすぎないのに。
 その他の地域からの遺骨収容も、計画的ではなく、空白期間もある。あまりに広域、あまりに膨大な遺骨の収容など無理と、しり込みしていた気配すらある。経済発展を遂げたにもかかわらず、遺骨収容作業は、高齢化した遺族の執念でようやく細々と続けられているのが実態である。
 「愛国心」を強調する中学公民教科書を採択する自治体が広がり、安保関連法案への反対を「自己中心的」等と公然とそしる政治家も現れている現在、本著の後書きにあるように、「国家はときに国民に対して残酷であり、あるいはとてつもない間違いをする。その負債の勘定書は国民に回されて、何十年たっても清算されない」という、戦争と戦没者遺骨の歴史に学ぶところは大きく、本著が多くの人に読まれるよう願ってやまない。(良)
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