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デイヴィッド・フィンケル著 古屋美登里訳『帰還兵はなぜ自殺するのか』亜紀書房 2015年

 戦争が始まり、終わる。国としては(一応)勝者であっても、兵士として関わった個人個人は、戦争が終わった後でも、長く苦しい日々が続く。「家族想い」の朗らかな父・夫であった青年が、自尊心を喪い、怒りを抑えきれない、陰鬱な人間に変わってしまう。赤子を故意に落としてしまう。大切な子どもに何をするか自分でもわからないから、妻子と別居してほっとするものの、孤独の中に苦悩する。薬物を過剰に摂取する。アルコールに依存する。自殺未遂を起こす。
 著者は、本著で、元兵士たち、さらにはその妻子や身内、ペンタゴン上層部や医療関係者から丁寧に聴き取りを行い、戦争後であっても精神的な傷に苦しみ続ける人間と、支えようと思っても疲労し愛情を維持できなくなっていく家族と、焦燥感にとらわれながらも無力感を抱いている医療関係者や陸軍の上官たちの姿を描き出す。アメリカでは、毎年240人以上の帰還兵が自殺を遂げているという。自殺を企てた者はその十倍といわれる。生身の人間を基準にするなら、戦争に、勝者はいない。戦争は、人間を深く長く損なうことがまざまざとわかり、息苦しくなる。
 興味深いのは、自分たちがした行為の結果(「敵」の殺害等)よりも、自分の親しい同僚や部下が傷つき苦しんで死んでいったことの苦痛が、よく語られていることだ。イラク戦争は「TVゲームのようにきれいな戦争」と評されることがあったが、直接戦地で戦うことになった兵士にとっては、四肢が吹き飛ばされる等、身体的な損傷もある、「きれい」どころではない戦争だった(なお、戦地の兵士たちの大半が、貧困家庭出身の若い志願兵であったことも、痛々しい)。それでも、具体的に恐怖や悲嘆を感じられるのは、「他者」であるイラクのひとたちではなく、自分や同僚部下などの感じたそれである。疲弊して「他者」への想像力を働かせるまでの精神的余裕がないということか、それとも何かの訓練で「他者」を非人間化しているのか、不明だが、この欠落は気になる。
 それにしても、「戦うことが最優先、そのための態勢づくりの予算確保、システム化が最優先」、精神衛生は二の次三の次、さらには自殺防止の支援活動の乏しい成果等問題は山積されているが、それらの問題を率直に認めつつも、自殺防止や精神衛生の重要性を認識し活動している陸軍や医療関係者がいる。そもそも、実名で、インタビューに応じる自衛隊関係者がいるだろうか。実名で(あるいは匿名でも)、イラクでの経験を語り帰国後もなお続く苛酷な状況についてインタビューに応じる自衛隊員はいるだろうか。
 訳者あとがきには、2003年から2009年までの5年間で、延べ約1万人の自衛隊員が派遣され、2014年のNHKクローズアップ現代でイラクから帰還後に28人の自衛隊員が自殺したことが取り上げられたとある。2015年5月27日、安保関連法案が審議される中、衆院平和安全法制特別委員会で、防衛省は、イラクなどに派遣された自衛官のうち54人が自殺したことを明らかにした上で、因果関係は不明とした。「因果関係は不明」…?何という冷淡さ。調査し、支援システムをつくろうという意欲はみじんも感じられない。「非戦闘地域」で戦闘に直接関わらなかった隊員にすらこのような影響が出ているということは、「集団的自衛権」の行使が容認された場合にどれほどの苛酷な経験をするのだろうかを当然懸念せざるを得ない。そして、その対策も考えられて然るべきだろう。ところが、調査もせず「因果関係不明」とうそぶく防衛省の姿勢からは、そのような取り組みを期待することは絶望的である。何と、個人の尊厳を大切にしない国であろうか。
 戦争が終わっても、戦争がもたらす個々人への傷には終わりがない。その過酷さに読み進めるのが困難な本ではあるが、だからこそ読まなければならない本である。(良)
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