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平智之『なぜ少数派に政治が動かされるのか?多数決民主主義の幻想』ディスカヴァー携書 2013年

 タイトルを見て読まずにはいられなかった。原子力産業に関わる人口に平均世帯人員をかけると約70万人。日本の全人口のわずか0.6%にも満たないと著者はいう。そのような計算は知らなくても、常々、「なぜ原発推進でリアルに得する人は少数派なのに、福島第一原発事故後ですら、脱原発に向かえないのか?」と思っていたからだ。
 政治に、多数の声が届かない。特定の少数派の声だけが、日本という国の制度、法律を作っている。日本の多数派は、物言わぬ多数派であり、多くは、あえて少数派の意見に消極的に賛成する。たとえば、「原発を止めれば、電力は不足し、電力の価格は高騰する。経済が更に疲弊する。」との喧伝に「仕方がない」と諦める。原発は怖いが、これ以上不景気が続くのは困る、と。少数派から多数派に流される情報は意図的な間違いが多いというのに。確かな情報を提供し、対案を提示することこそ、「政治主導」のはずだが、現実はそうなっていない。誘導情報に操作されて多数派が消極的ながら原発推進に結果的に賛成していることになっている現状がこれでもかこれでもかと明らかにされていく。
 著者の提示する対案(電力自由化等)によれば、日本のGDPはむしろ高くなる。しかし、今のままでは実現されない。利権というのは、限られた少数者が富を分配する構図の上で成り立つ。その少数者は、全体最適など決して好まず、非効率的なシステムが好きなのだから。利権にしがみつく少数者というと、葉巻をくゆらせにたりと笑う権力者をイメージするが(私だけのベタなイメージだろうか)、現実にはそういうわかりやすい「悪役」たちではない。かつて議員であった著者が出会った原発関連の人々は、緊張感や罪悪感も持ち、ひきつって笑みを浮かべていたという。とてもリアル。「心底悪い人たち」ではなく、理詰めで原発に異議を唱えられると、薄笑いを浮かべて対応するしかない、「普通」の人たち。凡庸なる悪。そこからの声しか政治が耳を傾けないのが、恐ろしい。
 原発以外の問題(税金、大学、etc.)と問題を解決する対案、それぞれエキサイティングである。生活保護については頼母子講で、という対案には賛成しかねるが…。地域の底力で、地域に包摂されていないホームレスの人々、避難してきたDV被害者などに対応できるとは思えない。公的な基準がないと恣意的に運用されないか心配である。生活保護の利権といわれても、原発に比べてリアリティがあるのかどうか疑問である。とはいえ、知恵を出し合うのは良いことだ。
 議員だった著者は、最後の章で、議員に自分たちの声を届けるという努力をぜひともしてほしいという。それがこの世をよくする、はじめの一歩だと。ネトウヨが跋扈して…と早々に諦めてはならない。私たちも「現場を知らない」と政治家を謗るだけではいけない。自分の意見を議員に届ける努力を続けねばならない。それでも動かない議員には早々に愛想を尽かしたほうが良い。そうして、議員を変えていかなくてはならない。面倒くさいことだけれども、そんな努力が民主主義には必要なのだ。このメッセージには大賛成しである。投票すらいかない有権者よ、諦めるよりも、声を上げよう。
 私がかねてより求めている選択的夫婦別姓などの民法改正は、原発と違い、官僚たちは(内心)賛成していて、ネックはむしろ違うところ。ということで原発が推進されることとは問題状況が異なるが、それでも、不断の努力が必要ということは、とても腑に落ちた。読んでいるとどんより絶望的な気持ちになるが、それではいけない。よりよき明日に向かって前進あるのみ。(良)
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