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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
姜尚中『母―オモニ』集英社 2010年

 いまをときめく国際政治学者、マルティ文化人・姜尚中の自伝的小説。
 姜尚中の母、禹順南が16歳で結婚のために韓国から日本の熊本にやってきたのは太平洋戦争が始まった年である。その波乱にとんだ生を閉じるのは最近のことのようであるから、彼女の一生は日本の戦時中、戦後の混乱期、戦後の繁栄そのままを歩んできた。
 幼くして亡くしたハルオ、次男のマサオ、そして後の姜となるテツオの3人の母となり、夫と廃品回収業をしながら、元ヤクザの岩本と協力し合い、力強く生きてきた道をたどる本書は、時として日本の戦後史を読んでいるような気になる。
 テツオの叔父(テツオの父の弟)テソンはこの時代にしては珍しい大学卒業者で後に日本の憲兵になった。その過去はテソンに数奇な人生をもたらす(妻子を日本に残し単身韓国に帰り後に有名な弁護士となる)。著者である姜は別の著書で自分の父親、岩本そしてこのテソンを3人の父とよんでいる。
 母は字が読めなかったが、パワフルな生活力をもって、次々におそいかかる苦難に対して精神的にも経済的にも一家を支えてきた。テツオに対して母が望んだのは彼が野球選手になることだった。この頃プロ野球で活躍した張本勲が在日韓国の人々の希望の星だったということがよくわかる。そんな母親に対してテツオの違和感はただ1つ。母が愛してやまないハルオを悼むためにその命日にいとなむ韓国式祭儀だった。母が忘我状態に陥ることへの不安が大きかったに違いないが、やはりそれは彼が育った日本の文化とはまったく異質に感じられたのだろう。テツオの複雑な気持ちを象徴している。
 本当はもっと根深い差別や偏見に苦しめられたに違いないし、日本名で通した両親に対しテツオが姜尚中と名乗るにいたる内心の激しい葛藤があったと思うが、そのあたりにはほとんど触れられていない。したがって本書は「日本全体がまだ貧しく、家族間が熱かったあの時代の感触が蘇る」(広告文)ときれいにまとめられてしまっているのが惜しまれる。
 肉親のことを語るのは難しい。本書においても悪人は誰一人出てこない。また、日本への批判的視点も表面的には感じられない。もう1冊裏バージョンがあるかもしれないと思った。
 小さいことにこだわるようだが、母親の若い頃のことを「生娘」という表現をしている。多分純真なという意味で使っていると思うのだが、何箇所も出てくるのはどんなものか。途中でふと気になって数えたら6箇所もあった。(巳)
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