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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
中里見博、能川元一、打越さく良、立石直子、笹沼弘志、清末愛砂「右派はなぜ家族に介入したがるのか−憲法24条と9条」大月書店 2018.5.5

 憲法24条は個人の尊厳と両性の本質的平等を謳っています。憲法9条についてある程度理解している人でも、24条の意味を深く理解している人は少ないのではないでしょうか。そして、改憲というと、まず9条のことを思い浮かべると思いますが、実は24条が9条と並ぶ改憲の主なターゲットであること、その理由が、本書を読むとよく分かります。改憲がいよいよ現実化されそうな現在、本書は必読書の1冊となること間違いありません。(折)

◎第1章「右派はなぜ24条改憲を狙うのか?−『家族』論から読み解く」
 24条改憲派の多くに共通しているのは、「行き過ぎた個人主義」が非婚化・少子化の原因であるという認識です。そして、改憲派は、憲法に家族保護条項を、と主張します。本章では、この改憲派の主張を論破し、24条の理念を護ることが憲法の他の条項を空洞化させないためにも必要であることについて、端的に示します。(折)
◎第2章「家庭教育支援法の何が問題なのか?−24条を踏みにじる国家介入」
 2016年に公表された自民党の「家庭教育支援法案」をご存じでしょうか?筆者である当事務所の打越弁護士は、この法案を紹介するとともに、戦前の家庭教育統制等と対比をしながら丹念に分析します。支援という美名の下に、国が家庭に入り込み、統制を始める。過去の歴史に照らせば、十分あり得ることでしょう。筆者は、本章を「歴史に学び、注意深く、家庭の統制・介入の強化を阻止し、本当に必要な福祉の充実等に向け働きかけていかなくてはなりません」と締めくくります。仰るとおりですね、打越さん!(渕)

◎第3章「『家』から憲法24条下の家族へ」
 昨今の日本では、家族生活に対する公権力の干渉、介入ともいえるような動きが顕著になってきています。家庭教育支援法案はその代表的な例です。一見、家族を重視し保護するように感じられる諸制度、諸政策が、実は家族自治を干渉したり、家族形成の自由をゆがめる側面があることが筆者は指摘します。選択的夫婦別姓や、同性カップルの婚姻など、多様な家族生活を保障することが求められている現在、国家が家族を特定のモデルで捉えず、家族や親子の多様性を認め、どのような選択をする人にも幸せになる権利が保障される、これこそが24条が謳う家族生活における「個人の尊厳」のあるべき方向とする筆者の主張は、非常に説得力があります。(折)

◎第4章「日本社会を蝕む貧困・改憲と家族−24条『個人の尊厳』の底力」
 筆者の笹沼教授は、地元でホームレスの方々の支援をしておられます。その中の一人、Aさんの生活保護申請に同行した際に、福祉事務所から「家がないから保護ができない」という理屈で申請を拒否されたという体験を元に、“自立と連帯の強制”が日本社会の貧困を作り出していると、鋭く分析しておられます。そして、この“自立と連帯の強制”に対抗する社会構想を提示しているのが日本国憲法、その要が憲法24条であることを、憲法学者の視点から論じておられます。「えっ、どうして24条が?」と思われた方。是非本章を読んでください。視点のおもしろさに加え、文章も読みやすく、思わず引き込まれてしまいます。(渕)

◎第5章「非暴力平和主義の両論−24条と9条」
 本章では、憲法9条と24条の関係により踏み込んでいきます。すなわち、「9条と24条は互いに補完しあいながら、非暴力を核とする平和主義を支える両輪となっている」という理解を積極的に展開します。このような理解は、9条と24条を別々に学んできた者にとっては、まさしく斬新で画期的な解釈です。前提として、論者は、憲法の特徴である平和主義と全文で保障された平和的生存権の「平和」の概念を広く捉え、戦争や武力行使が存在しない事だけではなく、恐怖と欠乏から解放されていること、さまざまな形態の暴力や差別、経済的困窮等を根絶することと捉えます。そして、9条だけではそのような平和=非暴力の社会をつくることはできず、そのためには非暴力の個人を育てることが求められ、それを可能とするのが家族構成員間の支配関係を否定し、平等な関係性と個人の尊厳を謳う24条の精神であると主張します。24条は9条とともに平和主義を基礎づける重要な条文であること、24条の改憲を許してはならないことを強く認識する思いになります。(折)

◎第6章「非暴力積極平和としての憲法の平和主義」
 憲法で一番有名で、多くの小中学生も知っている(だろう)憲法9条。個人的に、大、大、大好きな憲法9条。筆者の中里見教授は、そのすばらしさを再認識させてくださいました。また、筆者は、憲法の平和主義の可能性として、「非暴力積極平和主義」を提案しておられます。現代においては、非暴力的手段による国際貢献を行うべきことを政府に義務づけるものとして捉えられないか、それこそが国家の自衛につながるのではないかという提案です。憲法9条改憲の危険が迫っている今こそ、皆様にも読んでいただきたい章です。(渕)

 以上、大変長くなりましたが、折井&渕上による書評でした。どの章からも、筆者の熱い思いが伝わってきます。読書の秋、皆様にもお勧めします。(渕)
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