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堤未果『沈みゆく大国 アメリカ 〈逃げ切れ!日本の医療〉』集英社新書 2015年

 人の生命、身体を対象にする医療・介護は、人のクオリティオブライフ、尊厳に直接関わるといっていい。その点を無視した投資家たちが利益をあげることだけを目的としたら…。悪い冗談であってほしいような事態が、アメリカでは現実になっている。
 序章で著者の取材を受けるファイナンシャルプランナー(福祉や医療の専門家ではなく、ファイナンシャルプランナーだ!)は、悪びれもせず、老人ホームプロジェクトは投資先として間違いなしと太鼓判を押す。どうやって利益を出すのかといえば、「昔からの手法です」、すなわち、「スタッフ削減、給与削減、入居者の回転率を速めること」。その結果、物理的に目が行き届かず、高齢者たちが不幸な事故に遭っていることなど、意に介されない。「アメリカで年を取るのはいばらの道、というわけですね」とため息をつく著者に、ファイナンシャルプランナーは、「しっかりした投資計画」があればいいのだと全く反省しない。投資先として魅力的なのは?なんと、ここ日本。皆保険があったけれども崩れてアメリカ系の民間保険会社がしっかり入りこんだ韓国のように、世界最速で高齢化する日本は、投資家たちにとってドリームランドとなる、とファイナンシャルプランナーが放つ言葉は、ショッキングだ。
 韓国は特区からどんどん崩れた。アメリカの政治家たちは、民主党も共和党も、医療介護産業の業者からたっぷりお金を渡されている。
 日本医療には既に強欲資本主義のほこ先が向けられている。「小さな政府」というかけ声は国民にとって何か心地よく聞こえ、その昔経団連の土光敏光氏が率いた臨調に沸いた。しかし一方でアメリカの財界が日本の医療に触手を伸ばし始めたことは、知らなかった。まず医療品・医療機器等の分野に関する製造、輸入、許可、価格設定を事前にすべてアメリカに相談しなければならなくなった。実際には日本の医療費GDP比も医師数も一人あたりの医療費も、世界各国に比べて驚くほど低かったにもかかわらず、「医療費を減らせ、医師数を減らせ」という厚生省(1983年当時)の保険局長のかけ声に国民たちも唱和する。このかけ声にのって、医療への公費支出が縮小を続ける。さらに「地方分権」という心地よいスローガンのもと、区には医療福祉の責任を地方自治体に移し、更には民間企業やNPOと連携して「無駄のない」経営をしろと自治体に圧力をかける。
 こんな重大な政策の転換は、選挙で選ばれたわけでもない民間議員からなる経済財政諮問会議等で決定されているのだ。これほどリベラリズムに反する制度はない、ナチ独裁制が構築されたプロセスと同様だと経済学者である宇沢弘文氏は批判したという。確かに、企業関係者ばかりがずらずらと並ぶその他「産業競争力会議」等所会議の民間議員のリストをみると、めまいがおさえられない。
 実際に、高齢者を切り捨てる「後期高齢者医療制度」の導入など、日本の医療はアメリカ化が始まっている。
 Change!と多くの人が期待したオバマが大統領になっても、強欲資本主義のシステム自体が変わらないと、事態は変わらない。いやむしろ悪化している。国民の無知無関心につけこんで、法案の悪い部分は伏せ、利害関係のある学者やマスコミが法案の素晴らしい部分だけを繰り返し宣伝し、成立したオバマケア法。保険料は高額な上に、医師は保険会社に提出する書類の作成に疲弊し、患者は必要な医療を受けられないという最悪の制度をつくってしまった。儲かって笑いが止まらないのは、製薬会社(日本と違って、どんどん薬価をあげられる!)、保険会社、金融会社。
 後半になってようやく希望がみえてくる。アメリカで、マネーゲームの渦中に翻弄されていると気づいた人々、地方自治体、医師たちが、マネーゲームから外れ、豊かな生を取り戻すためのさまざまな試みを始めている。薬価はどう決定されているのか、等、まず「知ること」が大切なのだと口々に指摘されている。
 日本でも、同じだ。ビジネスに都合のいい情報にさらされそれを鵜呑みにするのではなく、正確な情報を知り、分析できるようになりたい。たとえば、厚労省が発表する日本の医師数は、フルに稼働できるはずもない高齢の医師などもいれている、など。そして、行動を起こす際、むやみに現場で対立するのではなく、何が問題なのか直視すること。たとえば、県立病院で2人しかいない小児科医の1人が辞めることに憤った母親たちは、医師の悲惨な労働環境を知り、過剰労働の元になる「コンビニ受診」を控える。
 強欲資本主義のアクターたちに圧倒されてはいられない。都道府県議会の議員に会いに行く、大口献金者に会いに行くetc。私たちひとりひとり、「市民ロビイスト」になろうではないか、という第四章の呼びかけに、発奮される読者も多いのではないだろうか。人間にとって、いのちとは何か、どう向き合うかは、普遍的な問いであり、マネーゲームに翻弄されるのではなく、私たち自身が選ばなくてはならないのだ。
 目次を読む段階では、「(株)アメリカに学ぶ、大衆のだまし方」など、刺激的なアジテーション文句にひいてしまう人もいるかもしれない。中身を読んでみれば、それがアジではなく、綿密な取材に基づく実態の把握なのだと気づくので、尚更怖い。そして、あとがきまで読むと、本著は、「国民皆保険制度を守ってくれ」という著者の父の遺言に突き動かされての本だからこそ、並々ならぬエネルギーが感じられるのだとわかる。父が亡くなる際には父のことだけで精いっぱいだったが、その後日本の勤務医の苛酷な状況にも目を向け、日本の医療はまだ間に合う、消費されるだけのものになってはならない、と著者は強く願う。まさに。最初はいささかひいた副題「逃げきれ!」を、読了後は、一緒になって唱えたくなる。(良)
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