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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
東山紀之著『カワサキ・キッド』朝日文庫 2015年

 少年隊の「ヒガシ」といえば、「おしょうゆ顔」の代名詞、鍛え上げられた身体に切れ味のあるダンス、「クール」、とにかくかっこいい。本著は、その東山さん(本著を読み終えると「さん」付けで呼びたくなる)が40代になって初めておいたちを語り、ジャニーズでの生活や現在の気持ちを綴ったエッセーである。自白すると、ただ「ヒガシの自伝的エッセー」と言われても、手に取らなかっただろう。ヘイトスピーチを憂いあうSNS仲間たちの間で本著が話題になっていたため、読む気になった。「ま、それでもしょせん芸能人のエッセー」と油断して読み始めたところ、特に川崎の少年時代を記述した前半、川崎に戻る終わりの部分、涙が止まらない。感動した文章のある頁の端をいつも通り折っていったら、ほとんどの頁を折ってしまったほどだ。SNSの口コミ力に感謝したい。
 気取ったところが少しもない、短くシンプルな文章の行間に、出会った様々な人への深い感謝、思いやりが滲み出ている。東山さんの謙虚でまじめで優しい人柄も。だからこそ、芸能人等周囲の人も、東山さんに演技等を教える等、支える気になったのだろう。
 母と妹との家族3人で川崎で過ごした子ども時代は貧しく、その後「よくグレなかったね」と言われるほど一見苛酷であった。大酒飲みのロシア人の血をひいた父方祖父と父は「酒乱」で母を困らせたらしい。東山さんの人生最初の記憶は、生後8か月で両足に大やけどを負った記憶だ。母が仕事に出ている間に酔っぱらった祖父が暴れてポットをひっくり返して、赤ん坊の東山さんの両足に熱湯をかけてしまったのだ。その火傷の後遺症は今もあり、筋力トレーニングで補っているという。東山さんは祖父を恨まず、トレーニングに励み、「筋肉は面白い」と感心しているのが凄い。
 幼い頃周囲も皆貧しく、それがふつうだったという。コリアンタウンの一角に居を構えた3人家族は、周囲の朝鮮人家族に支えられた。かわいがってくれ、遊んでくれ、食べさせてくれた在日の人々に対する深い感謝の気持ちが何度もつづられ、胸をうつ。終始淡々としているが、朝鮮学校に関するデマや、本名を名乗れなかったこと等、様々な在日の人たちに対する差別に対しては、憤りを隠さない。朝鮮学校が無償化から外されたニュースに、「いまも変わらない日本の社会の器の小ささ」を感じるときっぱり批判する。憧れの人だった王貞治が国籍で国体に出られなかったことにも言及する。「はだしのゲン」を愛読し、広島の原爆資料館を訪れ衝撃を受けたと綴るその後ですぐ、「日本がアジアでした戦争」を知ったとし、さらに「韓国人の被爆者の人生に関心がある」と書く。日本の加害者性にも思いをはせ、差別された人のその後の人生を思う。ヘイト文言にあふれるweb社会、差別を非難する言葉を発するには、相当勇気がいるようになった。それも、芸能人ならなおさらではないか。しかし、何のためらいもなく差別はいけないことを随所に書き記す本著の言葉の数々は、在日の人たちに支えてもらったという感謝に支えられており、心がこもっている。
 差異がある人たちを受け入れたいという気持ちは、在日の人たち以外にも向けられる。脳溢血で体が不自由になった祖父を銭湯に連れて行くのは、小学生の東山さんの役割だった。仮面ライダーごっこなどやんちゃをしていた小学生にして、人間の「リズム」は年齢によって違う、という大切なことを知ったという。「文庫版あとがきにかえて」には、貧困に苦しむ子どもを思い、泣いている子どもをみたら、自分のそばにいる子どもたちに、「ほら、お友だちが泣いているよ」と声をかけたいという。
 仲間外れがこわくていじめを見て見ぬふりした苦い記憶から、「人にやさしくするに越したことはないと確信するようになった」と述懐するくだりも。酒井順子さんが以前エッセーで「いじめられたという話は書かれても、いじめた、見逃したという話は書かれない」といったことを書かれていたような。鈍感でいじめたことに気づかないからかもしれないし、ひどいことをしたことを皆にわざわざ知らせることも控えたいからかもしれない。正直にいじめに加担したことの罪悪感を語ってくれるこの箇所も貴重である。
 小学6年生のときに交差点で信号待ちをしていた東山さんに、ジャニー喜多川氏が車から降りて声をかける。今ではジャニー喜多川氏が直接スカウトすることなどないようだが、その「運命の交差点」からジャニーズ事務所に入り、デビューし、人気を博していく過程は、まさにシンデレラ・ボーイ・ストーリーだ。どこまでもキラキラ書けそうだ。しかし、東山さんの筆致はあくまでもシンプル。だからこそ、なおさら、「クール」でもなく、特段の才能があるわけでもない青年が、ひたすら謙虚に努力してきた成長物語、ビルドゥングス・ロマンとして、感動しないではいられない。
 離婚事件、それもDV被害者側の事件を多く担う弁護士としては、子どもの視点からみた父母の離婚、さらには母が再婚してDVをふるわれ自分たちも暴力をふるわれた過程(東山さんが成人に達した後ようやく離婚)に感じ入る。母の再婚相手がひどいいじめを受けていたらしい、だから子どもに強さを身に付けさせたいと思っていたようだ。しかし、わけもなく拳骨で殴られ、それもどんどんエスカレートする暴力に、「僕の気分は次第に真っ黒になった」という言葉は重い。「親に暴力をふるわれた子どもたちがひき起こす事件をニュースで聞くとあのころの自分を思い出す」、「追い詰められ、親に殺意を抱く子どもの気持ちも僕にはわかる気がする」。その他、気になる記事は切り抜き、大切にとっておくとい、そのひとつが、殺人事件の無期懲役囚の加害者と被害者の両親が文通しているという記事だとも書く。それぞれの内面はどういうものか、殺人を犯すに至るまで彼に何があったのか、と考えるという。
 おお…。この社会は「被害者」への同情をあふれる正義感で語る声は大きくなっているように思う。事件を起こした少年に背景に思いをいたすこともなく「厳罰」を叫ぶ声も。しかし、いろいろな条件が重なったら、もしかしたら自分もそこまで追い詰められたかもしれない。その点への想像力が足りない社会は、犯罪を防止するどころか、殺伐とさせていくのではないか。「被害者」を勝手に代弁し、「加害者」を糾弾するほうが、「正論」になっているというのに、東山さんはさらりと加害者側になったかもしれないという思いを吐露できる。
 母親は、後に事業に失敗し、芸能人になっていた東山さんが多額の借金を背負うことになった。そのあたりもいくらでも劇的に脚色できそうだが、東山さんは、幼いときの自分にとって「すべて」であった母が、才覚もないのにビジネスに乗り出して失敗してしまう、そんな人であることを受けとめる。大人になる過程で、「すべて」だった親が、欠点もあるふつうの人だと気づいていくものだが、それにしても激しい。それでも、東山さんは、淡々と、母の子である自分にもビジネスの才覚はないからしないとの教訓を得るのみで、多額の借金を返すまでの苦労を声高に語ることはない。
 ひとり親として自分たちを育ててくれた母への感謝は変わらないようだ。しかし、私は、母が父の写真すら東山さんにみせようとしない、どんな人だったかを話そうとしないのは、どうだろう…。母にとって、父との生活は思い出したくもない酷い経験だったのだろう。しかし、何につけ真摯に受け止める東山さんであれば、話しても咀嚼するだろうに。行間から、父や父方の祖父はどんな人だったのだろうと思いを馳せているのが滲み出ていて、切ない。
 川崎といえば、今年胸が凍るような痛ましい少年事件が起こった。その後、web上には、「川崎は在日が多い」といった、差別的な流言が行き交い、尚更胸がつぶれた。そんな折に在日の人たちとともにこの街で暮らした、彼らはどうしているだろう、どうか幸せであってほしいと願い、自分が住んでいた団地を歩き感慨にふける東山さんの姿に、希望を抱く。「文庫版あとがきにかえて」にある文章を引用して終わりにしたい。私も同感だ。
 「人は人を差別するときの顔が最も醜いと僕は思っている。
 大人として、それは子どもたちに教えなければならないと思う」。(良)
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