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岸政彦著『断片的なものの社会学』朝日出版社 2015年

 子どものころ、道ばたに落ちている小石を適当に拾い上げ、そのたまたま拾われた石をいつまでもじっと眺めた、とある冒頭で、まず引き寄せられる。小石を擬人化したり、自分の孤独を投影するなど、感情移入することはない。しかし、ぐっと意識を集中して見つめていると、世界のたったひとつの「この小石」になる瞬間が訪れる。さらに、世界中のすべての小石が、それぞれ「この小石」であることを想像する。「このこれ」であることの単純なとんでもなさ。「世界にひとつだけの花」と感傷的にうたうわけではなく。
 ああ…。私も幼いころ同じく小石を見つめ、黙ったまま単純なとんでもなさに陶酔していたことを鮮明に思い出す。そのような、「ああ、私も…」と覚えてもいなかった、気にも留めていなかった数々のことがふいに鮮やかな経験として浮かび上がってくる。この本を読みながら何度もそんな思いがした。
 社会学を、素人としては、断片的なものを削ぎ落とし、人が属する集団を一般化し全体化するものだろうと思っていた。しかし、断片的な人生の記録をそうまとめ上げることは、「ひとつの暴力だ」と本著の著者であり社会学者の岸政彦さんは書く。そうして、本書では、一人ひとりの人生の断片的なエピソードを、何らかのストーリーにまとめたり、教訓を披露することを避けて書いていく。
 たとえば、ある章では、友人である朝鮮学校の美術の先生はちいさな土偶を作り続けている。土偶先生があるとき泣いていて、親しい身内で痛飲する。学校正門の脇の掲示板に、生徒が書いた短歌や俳句のなかですばらしく出来かよいものを掲載していた。ある日その紙がなくなり、その日のうちにカッターナイフのようなもので細かく切り裂かれ、きれいに重ねられた束になって学校の郵便受けにいれられていた。実名で書かれた生徒たちの名前がすべて、真ん中から縦に二つに裂かれていた。土偶先生は、美術の先生らしく、たぶん定規をあててカッターで切り裂いたんだと思います、線がブレずにまっすぐだったから、と言った、と。社会学が差別の様相を分析するときにも、法律家が人権救済の申し立てや損害賠償請求や告発をするときにも、「たぶん定規をあててカッターで…」は削ぎ落とす、少なくとも章の最後をそれでは終わらせない。人権啓発活動の講演でもそれは飛ばして、「ヘイトクライム、許さない。」と標語的な説教でまとめる。でも、実際の経験は、無数の断片的なものが積み重なっている。たくさんの小石の存在のとんでもなさ。
 社会学的なメッセージも、やわらかく差し挟まれる。たとえば、こんなふうに。「キラキラした結婚式や、家族の愛にかこまれた専業主婦イメージは、とても強い。」女性でも男性でも、一人分の食い扶持は確保しておいたほうがよいということは、政治的立場にかかわらず常識だろう。しかし、人生に起こりうる何らかのリスクを考えるということは、「幸せ」のイメージから程遠い。だから、社会学は世の中の辛いことや悲しいことばかり言って、自分たちをひとりひとりバラバラにするものだと誤解するひとがいる。実は、そうした幸せイメージが、人を縛り、傷つけることもあるというのに…。
 おお。これらはまさに社会学者というかフェミニストが口にしたいことだ。怒らずこんな感じで、具体的なエピソードをはさみながらぼそっと言えば腑に落ちてもらえるのだろうか。いやいけない、著者のように、誰かを啓蒙したいという欲望をぎらぎらさせずに、ぼそっとつぶやくようにしなければ…。
 そして、発信しては後悔し、逆に、黙ってしまった後瞬時に応答すればよかったと後悔する私には、こんなくだりもまるで自分のつぶやきのようで、涙した。
 わたしたちは、不完全な意見であることを理解したうえで、それでもやはり自分の意見を表明する権利がある。そしてもちろんそれは、批判されることになる。自分たちが思っている正しさや良いものが、誰かに届きますようにと祈る。そして発信し続ける。ただ、やはり、わからない。ほとんどの暴力が「善意」のもとにふるわれるからだ。(ゾンビ映画では、ゾンビになったら殺してくれと頼む。しかし、それと同じことをゾンビになった後で言うことはできない。)普通のひとだった知り合いがとつぜん嫌韓反中なことを言い出したり、あの戦争は間違っていなかったと言い出す。強い恐怖を感じるが、むこうからしたら私たちも同じように見えているのだろう。私たちは黙っている方がよいのか。届くかどうかわからないまま、果てしなく瓶詰めの言葉を膿に流していく。そして、たまに、膿の向こうから、美しい何かが届くことがある。
 とにかく私は忙しい。真っ直ぐ性急に物事をつかみ、一般化したまとめを書きたくなりがち。要点は?要件事実は(法曹しか分からない言葉か)?とあくせくあくせく。人びとに会ってお話を聞く、そこから社会を考える、ということを仕事にしている著者とは違うから、といっても、本当は自分も断片的なものにひかれているではないか、と思い返す。なりわいということに関係なく、ネット空間を延々と漂い、数年前にひとことマックの新作バーガーまじヤバいと書いたきりのブログなど、書いた本人すら忘れてしまったであろう文章をも読み続ける著者には感服で、とてもまねできないが…。
 この本を読む時間は、自分が感じてきたものを、立ち止まって思い返したくなる、そんな機会になった。(良)
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