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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
米澤泉著『「女子」の誕生』勁草書房 2014年

 今や、ファッション誌の「女子」は、10代、20代に留まらず、30代、40代、50代…この勢いでは死ぬまで、好きな服を着て、好きに生きる、「女子」を着て、「女子」を生きる。「服を着ること、化粧をすることは、瑣末な日常的な営みを超え、繭と鎧になり、「女子」を守る力となる」。良妻賢母規範など当に捨て去り、男に媚びるのでもなく、「私」に萌える。
 女性の現在を、ファッション誌の変遷から分析する本著は、後発の女性誌ながら「大人女子」を打ち出すことによって成功をおさめた宝島社の「青文字雑誌」が、「結婚を幸せ」と言い切る新専業主婦(「コマダム」=「夫は仕事と家事。妻は家事と趣味(的仕事)」(小倉千加子))の教科書的な光文社の「赤文字雑誌」よりも、勢いをつけていく過程等を分析する。「幸せな結婚」、否、「他者から幸せそうに見える結婚」=他者評価を価値とする赤文字系雑誌から、「私萌え」の青文字雑誌へ。上昇婚が存在する限り、赤文字雑誌はなくならない。しかし、赤文字雑誌も子細に見みれば、「死ぬまで美魔女でありたい」(あくまで「美魔女」。「女」として自分磨きの果てに、恋愛したいのではなく、自分磨き自体が目的)願望が浮かび上がる。「美魔女」は「好きに生きてこそ、一生女子」を標榜する青文字雑誌の領域に歩み寄っている。美は、分断されていた女性をひとつにする―。などと著者は分析していく。
 彼女たちの追求する美は、男性が考える理想的な女性像とは違う。男性に熱狂的に支持されているAKBはファッション誌の「女子」的ではない。衣装もメイクもファッショナブルではない。むしろ、洗練されていない、完成されていないことを武器としている。ファッショナブルでない外見で、男性に安心感と親しみやすさを感じさせる戦略だ。男性の評価に依存しない、良妻賢母規範を軽やかに脱ぎ捨てるファッション誌の女子力は、もっと評価されるべきだ、と著者は強く主張する。
 なかなか興味深い。もっとも、この本でも若干取り上げられている、今や伝説のティーン誌『Olive』の愛読者を経て今では『クウネル』等にたどり着いた、美魔女等とは異なる脱力系(これまた男性の評価など全く度外視した存在)路線を進んでいる私にとっては、「あるある」との実感はなく遠い世界の話だな〜ほんとかな〜という、いわば興味本位の興味深さ。著者が、「研究者、大学教員、新聞記者、編集者、作家、ライター等『文章を書く』仕事をしている女性の多くが、ファッションより大切なものがあると考えている」と随所で嘆く、その「女性の多く」、そのまんまの私。こういった輩はファッションを不要とまで考えていると著者は恨めしそうだが、いやいやそこまでは考えていない。きれいに装えた方が自分でも嬉しい。でもね…、世の中には問題が山積していて、自分萌えにそこまでエネルギー、時間、資力をつぎ込むのは…まあ、人の自由だけど。いや、人の自由といっても、そんなに可処分所得あるのかなあ?
 どんどん経済が悪化する中、それだけ自分萌えに自由にお金と時間をつぎ込むことができる女子ってどれだけいるのだろう。最後に取り上げられる蜷川実花なんて、例外的存在。女性の労働環境は当に悪化し、男性だって若年層を中心に非正規の割合が増えている。化粧に、美容に、ファッションに、多額のお金を注げる、そんな余裕がない。雑誌の描く「女子」を本当に生き抜ける力など備えられる女子がどれだけいるのだろう。(評価は男性に依存しなくても)経済的に男性に依存しようとしたって、そんな男性だってそうはいない。あくまでも「ファッション誌の女子」を言説上の女性像ということなら理解できるが、多様化しそして様々な困難を抱える女性たちの現実とは、ずれている。いや、あくまで「ファッション誌の女子」を分析したのだから、現実の女性とずれて当然だということか。しかし、随所にある「『美』を求める限り、私たちは『女子』なのだ」といったフレーズからして、「ファッション誌の女子」は現実の私たち女子と重なっているかのように読み取れる。それも、「多数派であるがゆえ従来の研究対象からは毀れ落ちていた」というような表現から、多数派の女子であるという。その評価は正当なのか。だとしたら、各女性ファッション誌はそもそも何部売れているのか、購買している層の地域分布は、世帯収入は、可処分所得は…。などと基礎データが欲しくなってくる。あ。「女子」力のない視線のツッコミとツッコまれますね。
 最後に。1980年代以降(おそらく。アバウトです)、数々のフェミニズム、ジェンダー論の研究書を果敢に世に送り出してきた勁草書房が、2010年代に送り出した本著。色とりどりのボーダーの装幀は、以前の同社のフェミニズム本の質素な装幀を知る私にとって、雑誌と同様、本も「良妻賢母」的なシンプルな実直さ(いや、フェミニズム本の内容は良妻賢母規範を討ってきたのだが)から、「かわいい」私萌えへ移行してきた世の流れを象徴しているようには思えた。(良)
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