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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
西原理恵子 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』角川文庫 2011年

 毎日新聞を購読するひそかな理由は,日曜日の「毎日かあさん」。毒舌ツッコミに噴き出しながらも,子どもたちや友人たちへのあたたかなまなざしに和む。
 「お金より大事なものがある」,活字にはそんな文句のほうが見慣れている。だからこの本のタイトルにぎょっとするむきもあろう。この世でいちばんカネが大事?そんな身も蓋もない本,一体何だ…!?
 いや,まゆをひそめないで,是非読んでみてほしい。看板に偽りなし!この世でいちばん大事なことがドンと詰まっている。学校でも道徳?社会?なんでもいいが,教材にしてほしいくらい,おススメだ。
 第1章「どん底で息をし,どん底で眠っていた。「カネ」がないって,つまりはそういうことだった。」高知県の工業町で,お母さんたちは「そろいもそろって怒ってて,太ってて,へんなパーマをかけている。」殺気立ってるのは,貧乏な生活のしんどさから。サイバラのお母さんもこの町に来てから笑顔がない。お金をめぐって,両親はしょっちゅう「みっともない」ケンカをする。お父さんはお母さんに暴力をふるう。お兄ちゃんはお母さんをかばう。サイバラは空気をなごませようと,カワイイ愛玩犬を演じる。
 それでも,サイバラの家はまわりからうらやましがられる状態。周囲の真っ黒な野生児たちは,先を争うように「不良」になる。何で?サイバラはいう。あのね,「貧困」と「暴力」は仲良しなんだよ,と。貧しさの中で大人たちはやり場のない怒りが溜まっていく。その怒りの矛先は,弱いほうに向かう。だから,貧しいところでは,子どもが理不尽な暴力のいちばんの被害者となる。どの家でも,親が子どもを本気で殴っていた。酷い,間違っている。でも,親も生活に必死で気持ちの余裕がない。家に居場所がない,学校でも居場所がない。そうなると子どもたちは,家を出て行くしかない。みんなでムチャやって,へらへら笑うほかない。
 貧しさも寂しさも連鎖する。地元に残った女の子たちは,18くらいで結婚して,ヤンキーあがりの旦那の収入にギリギリの生活,いつの間にか,「いつも怒ってて,太ってて,へんなパーマをかけているお母さん」に。貧しさの中で自己評価が低い女の子たちは,少しでも男の子に優しくされると,すぐセックスに応じてしまう。将来に希望が見えないと,自分のことを大事に出来ない。あっという間にぼろぼろになってしまう。
 サイバラが美大を受験するはずの日,お父さんが首を吊って死んだ。葬儀の日,喪服を着たお母さんは,顔が腫れ,頭も髪の毛も血だらけ。お母さんは独身のころに働いた金で家を三軒買っていた。一方お父さんはお母さんの貯金で会社を興し,その儲けをバクチに使ってしまった。しまいには,サイバラがバイト代やお年玉を貯めた金までひったくるように持って行ってしまうようになった。最後の日,お父さんはお母さんに一つだけ残っていた土地を売れと迫り,バンバン殴った。それでも,お母さんは,子どもたちのための土地と家だと断った。だから,葬儀の日にお母さんは腫れあがった顔だったのだ。
 えんえんと紹介したくなるが,いやとにかく読んでほしい。章のタイトルだけ紹介しよう。どれだけ読み応えがあるか,わかるはずだから。
 第2章 自分で「カネ」を稼ぐということは,自由を手に入れることだった。
 第3章 ギャンブル,為替,そして借金。「カネ」を失うことで見えてくるもの。
 第4章 自分探しの迷路は,「カネ」という視点を持てば,ぶっちぎれる。
 第5章 外に出て行くこと。「カネ」の向こう側へ行こうとすること。
 サイバラは第4章で,自分の子どもに「競争社会から落ちこぼれたっていい。」という。過労死や自殺に追い込まれるより,心と体を休ませる。そして自分なりの次の一手を打てるかが肝心。娘もいるので,女の子にはもうひと一言。「旦那の稼ぎをあてにするだけの将来は,考え直した方がいいよ」。せっかくつかまえた白馬の王子様も,明日にはゲロゲロ文句ばっか言うただのヒキガエルかもしれない。人の気持ちとカネをあてにするってのは,「自分なりの次の一手」を打ち続けることを自ら手放してしまうってこと。
 虐待,格差社会,貧困に関する研究やジェンダー論が考察している課題(貧困・虐待の連鎖,性別役割分業の問題,ワークライフバランスetc.)を,サイバラは実体験としてわかっている。でも,糾弾するのでも,呪詛するのでも,告発するのでもない。シンプルに,しかし実践的に,「働くことが希望になる(ときには,休んでもいい)」と呼びかける。サイバラの「説法」にシビレた。
 どん底を経験しながら,誰も恨まない(谷川俊太郎からの質問「何がいちばんいやですか?」の答えは「にくむこと。」)。大切なことは,自分から外に出て,手足を動かして,心で感じることを諦めないこと。
 この深いあたたかさとまっすぐなところが,サイバラのマンガにも随所に表れている。だから好きなんだな。
 是非,ご一読を!                              (良)
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