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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
遠藤郁子「いのちの声」海竜社

 先日、大型台風の日、著者のトークとピアノを有楽町で聞いた。乳がんの手術後病室で何度も見た夢は、ショパンのノクターン作品48の1が流れる中での、能の「巴御前」の無念の白足袋がすり足で近づく場面、それは臨死体験だったと話され、そのノクターンを聞いた。葬送の音楽に聞こえるそれは、著者の当時の心の苦しみと苦しみを受容する気持ちをかなでているようだった。そんな絶望の底から、人間はもともと無一物の存在だと気づいて、いろんな肩の荷物をおろして、ただシンプルにピアノを再び弾ける喜びを得て、むしろそれまで以上に豊かな人間関係を築き、豊かな音色をかなでるようになったという著者の自叙伝である。いろんな荷物をおろしてしまうときの著者の勢いは、むしろパワフルに感じた。病気が発覚するとともに介護をしていた夫とも離婚、そのあたりはすべて書くことはできないだろうが、それは必然だったという気持ちはよくわかった。この人には私が必要と尽くすことが愛情だった時期と、それに依存してわがままになってしまった相手が重くなりすぎて、自分の人生から切り離さなければ自身も生きていけなくなったという場面で、孤独になっても共倒れしない生き方の方を選ぶ勇気(というか必然か)は、理解できる人とできない人がきっとあるだろうと思えた。辛いことがある人におすすめ。透明な気持ちになれる(A.W)。

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